今、夢かどうか

昔、インセプションっていう超面白い映画の特典映像に、「夢の専門家」みたいなお爺さんが出てきて、「夢の中で“これ夢じゃん”と気づいている夢を白昼夢と呼びます」「私は夢のプロなので、白昼夢を見るのとかマジで朝飯前です。白昼夢、、白昼だけど朝飯前、、朝飯というよりもはや起床前、、だめだ上手く言えねえスマソ(意訳)」的なことを言っていました。そのお爺さん曰く、白昼夢を見られる確率を上げるトレーニングがあり、それは「現実世界で『今は夢か、現実か』を度々確認する」というもの。それが癖になって、癖が夢の中でも発動すれば、そこで気づける、と。めちゃめちゃ説得力ある。

で、ガストンはインセプション見たときにももちほんこの「今、夢かどうか確認する」っていう趣味に没頭して、なんと一回だけ夢の中でも発動したことあるんだけど、まあすぐ飽きてやらなくなる。で、今また趣味が再熱して、最近やってるんだけども。

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今日喋りたいのはね、「夢かどうか確認する作業が昔より難しくなってる」っていう話。

どう確認するかっていうと、「片手で指折り1から5まで数える」っていう。単純作業だけど、これだけで「いま現実」ってことが、よくわかった。昔は。

最近は、これだけじゃよくわからなくなった。とても不思議。指折り数えても、まだ頭がぼーっとするというか、「いま夢か、現実世界かという根本的なところ」まで立ち返れない、というか。

いま現実だ、と強く感じるためには、意外にも頭がそこそこ冴えてないとできなくて、例えば仕事の帰り道の電車とかでこれをやっても、すんなりいかない。指折り数えるだけじゃなくて、深呼吸して、目を見開いて、手のひらの指紋に焦点を合わせて、周りの景色のいろんなところに焦点を合わせる。そうするとやっと頭が冴えてきて、「いま夢じゃない」ことがわかる。

あるいは、「どうやってここにきたか」を考えるのも、夢かどうかを考えるための手段の1つなんだけど(夢を振り返ると、ある場所にある状況が突然現れ、シーンに連続性がないことが多い)、これも、最近現実でやるのがちょっと、ちょっとだけむずい。

記憶を遡るのが、昔よりむずくなってる。エネルギーがいる。少しだけ疲れる。

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この最近の、「現実と認識するのがちょいむずくなってる」原因は、たぶん仕事をしてるからだと思う。

ガストンは仕事中は結構集中してて、ガストンは集中すると深く潜っていって、脳みその該当する部分しか使わなくなっていく感覚がある。電話対応をしたり、誰かに話しかけられたりして、一旦出ると、そのあと作業に戻ろうとしても、何をしていたのかを思い出すのに時間がかかる。しかも、その時間に結構な苦痛を感じる。同じ道をわざわざ2回通るのを面倒に感じる。

フォトショやスプレッドシートを使っていて、たまに「無になって手を動かすだけが最速になる作業」っていうのがある。画像をリネームして書き出して、、を100回繰り返すとか。そういう時は自分がロボットになったみたいな感覚になるんだけど、それは結構、案外気持ちよかったりする。

んー。なんでいまロボットの話ししたかは不明。

もちろんデザインの作業のほとんどはそんなんじゃないし、頭はクリエイティブに動いている時の方が多いけど、それでも帰り道には脳みその体力切れで、現実かどうか考えることに体力を惜しみなく使えない。

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思うんだけど、『「いま夢かどうか認識する」よりも上の階層の考え事』って、あるんだろうか。ない気がする。

いま「上の階層」ってなんすか、ってなった人に、これ以上の言葉で説明するのは難しい。逆に、「上の階層」って聞いただけで「うひょーたまんねえガストン最高」って思った人には、もうこれ以上の説明は野暮な気がする。でも頑張って野暮ってみる。

夢って、いわば「世界」じゃないすか。脳の全て。現実世界イコールあなたの脳じゃないすか。ここまでついてきてる?

その脳が正常に働いてやっと日常のあらゆる考え事が行えるわけでしょ。

夢かどうかって、その根幹に関わる問題じゃんね。

世界には現実の地球と夢の地球がそれぞれあって、いま自分いんのどっちだって。それでどっちかの星に降り立って、やっと、今日の晩飯何食おうとか、ここのデザインどうしようとか、あらゆる考え事が、樹形図を少しずつ降りていくように決まっていくわけじゃないすか。たまに、人生の折り目で、転職しようかなとか、結婚しようかなとか、でかい考え事するときに人は樹形図をちょっと上に登るわけよ。

ね?上の階層って、そういう感じ。

だから、夢かどうかを確認するってことは、その一番上にいくっていうことで、いわばこう、、体が裏返る感じを感じてむしろ然るべきでは、、とかね。一瞬脳みそがバグりかける感じを感じて然るべきでは、、とかね。思うわけ。

みんなもぜひやってみて。いま夢かどうかの確認。さらには、「いま夢かどうか、どうやったら確認できたと、自分はしっくり思えるか」考えてみて。

あ、つまりね、何が今日言いたかったかというと、

僕たちはなんで、
「夢の中では夢と気づけないでいるのに、現実世界では現実世界と気づいているつもりで日々過ごしているのか」ってことなのよ。

結構、ボーーーッとしてんなあと思って。気づいたら6時間くらい寝てただけのつもりが、10年ぐらい現実世界で経ってんだろなって。

おわり。

意味の意味について

じゃあ今日は、意味の意味について、をテーマに1,000字くらいの文字を書いてみようと思うよ。オチも今んとこ用意してなければ、何か伝えたいメッセージもないし、なんなら面白い文章が書けそうな気も、うーん少ししかしてない。あなたの時間をいたずらに奪うだけになる可能性80パーくらい。なんならガストン、考えながら喋る。これを思考の自慰行為と呼ぼう。意味はない。

最近、意味の意味についてたまに考える。

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ラストでは冒頭より良い状態になっているか

どん底では冒頭より悪い状態になっているか
で書いたことと同じように、ラストでは序盤よりもいい状態になっていないといけません。

何か困難が訪れて、それを解決し、元通りの生活に戻った、ではダメなのです。

冒頭で何か苦悩を抱えている状態からスタートするのなら、それが解決されて終わり。
逆に冒頭で何の苦悩も抱えていない状態からスタートするのであれば、最後には元通り以上の状態になっていなければなりません。

主人公は物語の途中で様々な試練に直面します。何かしらのトラブルが起こったり、人生がうまくいかなかったりです。そしてそれを乗り越える時、主人公は内面的な成長を経験しており、その成長があったおかげで、ラストでは冒頭よりも良い状態になっている。

もちろんこれは基本的にハッピーエンドで終わる場合の話なので、ホラー映画などではこの限りではありません。

どん底では冒頭より悪い状態になっているか

人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の著者による『荒木飛呂彦の漫画術』という本の中で紹介されている、脚本の黄金曲線があります。

横軸が時系列、縦軸が主人公の状態の良し悪しを表しています。

とてもシンプルでわかりやすく、

      1. 最初は0の状態。
      2. 物語序盤で昇る。
      3. どん底に落ちる。
      4. 最後に極限まで昇る。

を表しています。アクションも、サスペンスも、恋愛ものも、あらゆる物語には抑揚があり、そのどれもが多くの場合このような曲線をなぞっていると言っても過言ではありません。

さて、ここでのポイントの一つは、「どん底では冒頭よりも悪い状態になっている」ことです。

例えば恋愛ものなら、

      1. 恋愛に興味がない。
      2. 恋が芽生える。
      3. 振られて大打撃。
      4. 実ってハッピーエンド。

となり、「3. 振られて大打撃」では『こんなことなら恋愛なんかするんじゃなかった』とさえ思うほどのショックを受けています。つまり「1. 恋愛に興味がない」ときの方がマシ、ということです。

これが、もし序盤の0以下になれなければ途端につまらなくなります。

例えば「昔一回告白してダメだった相手にもう一度告ってもやっぱりダメだった」とか。これは全く面白くないですね。最初の良くない状態に戻っただけです。

どん底では徹底的に落とす。想像しうる最も最悪の状態を目指すくらいがちょうどいいのです。

参考図書: 荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)
http://amzn.asia/gsTCNoz

私の好きな作品

王道エンタメ

・きっと、うまくいく
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・キサラギ
・サマータイムマシンブルース
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・A.I.
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・TAPE

最終更新日 : 2017年10月2日

上演時間は決まっているか

上演時間を守ることは大切なことです。公演の上演時間をきちんと決めて守ることは、お客さんにとって親切であると同時に、より精度の高い脚本を書くためにも役立つからです。

例えば、最初に上演時間を80分と決め、通し練習をしていて何回やっても90分を超えてしまう場合は脚本を書き換えます。なぜなら、通し練習を何度もやって大体の上演時間がわかってきた段階では、まだ詰める作業ができていないことが多いからです。大抵の場合、その段階では余分なセリフや余分なシーンがある可能性が高い。

まず最初に余分なセリフを削除します。これは厳密に文字数でカウントします。一言多い箇所を見つけては消したり、短く言い換えたりさせます。脚本を何周も見直してそれを出来る限りやり終えても、全体の文字数は驚くほど変わっていなかったりします。

そういうときは本腰を入れて、シーンをごっそり削ることを決意します。キャラクターによっては登場回数が一回減ったり、大事なセリフがなくなったり、笑いをとるシーンがなくなったりします。これはとても勇気のいることです。ですが驚いたことに、それを決行し上演時間を守りきった後の脚本はとても整理されており、むしろこうでなければならない、といえるほどいいものになっています。

脚本は、脚本家が自分で思っている以上に、盛り込みすぎである場合がとても多いのです。

亜人20分くらいで終わった

映画の亜人を見ました。

亜人は漫画をコミックスで全巻読んでて大好きなんですが、実写の映画を見てきました。なんだあれ。いいじゃん全然いいじゃん普通にいいじゃん。テンション上がってるのでこのまま感想書く。

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開始 5 分で掴みの笑いはとれているか

私たちがやるのはコメディです、ということを開始 5 分以内に伝える必要があると考えています。「一番最初に笑いをとるシーン」というのはとても慎 重にやるべきです。まだ温まっていない空間で最初に「これは笑っていい舞台です」とお客さんに伝える任務があるからです。

それはできるだけ早い方 がよい。お客さんは「面白いから笑う」のではなく、「笑っていい」とわかっているから笑うのです。その土台づくり、空気づくりは一つ一つのネタ以上に大切といえます。

また、掴みの笑いをする上で気をつけなければならないのは「お客さんはそのキャラを知らない」という前提です。基本的に人は「赤の他人に対して距離を置こうとする」ので、「笑ってたまるか」という姿勢で見ている、ぐらいに思っておいたほうがよい。その状態でも笑ってもらえるものを用意しなければならなりません。

開始 10 分で「どんな話か」わかるか

上演開始 10 分でお客さんに「どんな話か」の大筋を伝えられるようにします。

例えば探偵ものであれば、「この事件の犯人を見つけて終わりだな」とか、救出劇であれば「あの人をあの場所から救い出して終わりだな」など。

基本的に人は「終わりの見えない話を聞かされる」のは苦痛です。もし「登場人物たちは何をしたいのか」「何をすればこの舞台は終わるのか」のゴールが見えないままだと、お客さんはそれを探しながら見ることになり、不要な観賞エネルギーを消耗してしまいます。

できるだけ早く「どんな話か」をお客さんに伝えることができれば、それ以降は楽に、安心して舞台を見てもらえることになるのです。とにかく「わか
りやすい話」を重視しているアホロではなおさらです。