悪い血といい血

こんにちは!どうでもいいことをし続ける!ガストンです!

どうでもいい話させて。

こないだ歯医者に行った。歯医者さんにこう言われた。

「歯ブラシを歯茎と歯の間に押し当てるように磨いてください。血が出ることもありますが、これは奥に溜まった悪い血なので、出ていい血なので、きちんと出してあげてください。」

実に示唆に富んだコメントですな。示唆に富んだ血の話です。これだけでその日一日のおかずになり得る血の話です。

何が面白いって、話は聞いた通りよ。歯磨きして血が出ることあるじゃん。今までは「うわー血だー」ぐらいしか思ってなくて、その出血が健康的なことなのかそうでないのかすらあまり考えたことなかったけども。歯医者さんは「いいこと」と言ったのよ。それだけなら普通。おかずになることもなかった。

でもあのひとは、「悪い血なので出してあげましょう」と言い、また「出ていい血です」とも言った。これです。

果たしてあの血は、「悪い血」なのか。「いい血」なのか。

むむむ。

まあ、結論は出てて。答えはもちろん「言葉の綾」なんだけど。

はい。ここから先は蛇足ね。全て蛇足。蛇足を行く。

例えばリビングでゴホゴホ咳をしてたらお母さんが「あらあら風邪かいな(おやおや風邪でしょうか)」と言ってくれる。心配してくれている。なぜなら咳=風邪を引いた状態だから。さらに激しく咳をしていると「どしたんいけるん(どうしたの大丈夫?)」と言ってくれる。さらには「あかん咳がでよんで(悪い咳が出ているじゃないの坊や)」と言ってくれる。果たしてこれは「悪化」だろうか。この咳は「いい咳」だろうか。「悪い咳」だろうか。

咳は、体が頑張って体の中のウイルスを出そうとする行為だ。このウイルスはおそらく「悪いウイルス」と言ってしまって問題ない。ウイルスがなくなれば健康を取り戻せるのだから。

ではそれを出そうとする咳は?咳自体は「いい咳」だと言えるのではないか。咳は確かに風邪の状態を示すものだが、それは「健康に向かっている」証拠だ。

体の痛みもそうだ。名医・ドクトルチョッパーも「痛みは体を守る危険信号なのに」とスリラーバーク編で言ってる。

例えば私が寝ぼけて床にびっしりと敷き詰められた画鋲(奇遇にも全て針が上を向いている)の上を裸足で歩いてしまっているとして、もし「痛みスイッチ」がオフっていたら足の不調に気づかずそのままキッチンまで行ってしまうかもしれない(リビングに敷き詰められていました)。足裏の傷は尋常なものではなくなり、今後の人生に支障が出るレベルまで深刻化するやもしれぬ。

痛みは、「体が取り返しのつかない損傷を被るのを予防するため」についている「機能」なのである。それを私たち愚かな人類は「痛み」自体が悪者かのごとく感じてしまう。「咳」自体が悪者で、「血」自体が悪者かのごとく。

この世にはびこる多くの「悪者」は、本当の黒幕ではないのかもしれない。彼らは、「危険信号」に過ぎないのかもしれない。本当の黒幕は、悪者の顔をしておらず、なんならわかりやすい「顔」さえ持ち合わせず、ただ私たちの内側の奥の奥で、ひっそりと繁殖しているのだ。それに立ち向かうためには、表面化する「悪者」と手と手を取り合い、内側に目を向ける必要がある。「今の自分には悪いところはない」と思っても、歯医者には3ヶ月に一回は行った方がいい。

あの歯医者さんは、それを私に教えてくれようとしていたのかもしれない。