自分が知ってることは周りも知っているはずだという思い込みについて

こんにちは!地球は丸いらしいよ。って言われてもねぇ〜〜。ガストンです!

「常識とは、無差別に選んだ3人が持つ共通の知識である。」とはかの有名な心理学者、ガス・トンの言葉ですが、同氏はこれとはまた別の論文に「人は常に、世界を3つのグループに分けている。逆に言えば、人は3つのグループを見つけた時点でそれを世界と認識する」とも述べています。

ガストンなりにこれらを合わせて考えれば、「人は自分の近くにいる3つの異なるグループが持つ共通の知識を常識と呼び、その知識はその他のあらゆるグループで共有されていると勘違いする傾向にある」と言うことができます。

普通にある。お前も絶対ある。

イラレ

例えばおれはイラレの「同じ位置にペースト」という機能を2年生の時に知った。4年生の時に、同級生のグラフィックがおれより上手い友達がこれを知らなくてびっくりした。なんで知らなかったの?と同時に、そういえばおれはなんで知ってるんだろう?と思い返してみた。2年の時に、そういう機能ないのかと思ってググったらあった。それで知った。それ以来しょっちゅうこの機能を使う。だからデ情生はみんな、1,2年のときは知らなかったという人も、3年や4年になった今となってはさすがにみんな知ってるだろう。という気になっていた。でもそんなことはなかった。彼はたまたま、同じ位置にペーストしたい作業が4年間なかっただけかもしれない。

もっと言うと、さっき「イラレ」という言葉を使ったが、これはAdobeのグラフィック作成ソフトの「Illustrator」(イラストレーター)の略称だ。イラストレーターをイラレと略して呼ぶことを知らないデ情4年生はさすがにいなかった。でもこれも、1年生の最初の頃僕は知らなかったのだろう。初めて聞いたときはわからなかった気がする。誰かがイラレイラレと呼んでるのを聞いて、また別の場所でも聞いて、ネットでもその字ヅラを見て、ああ、この呼び方は全国的なものなのだな。と思った。

もちろん、美大に関係ない一般大学の友達はこのイラレという言葉を知らないし、僕のお母さんも知らない。

馬鈴薯

こないだ友達数人と蕎麦を食ってたときに、誰かが「ばれいしょ」という意味のわからない日本語を口にした。ばれいしょ?何かの場所ですか?休むところですか?休憩所みたいな感じですか?

馬鈴薯(ばれいしょ)とはジャガイモの別の呼び方らしい。意味がわからん。別の呼び方ってなんだ。なんのためにその言葉はあるんだ。

お前ら馬鈴薯知ってた?おれが馬鈴薯を知らないことを周りの友達は結構驚いてた。おうなんだなんだやんのかコラ。おれは証明できるぞ。おれは「おれが馬鈴薯を知らなくてもなんら不思議ではない理由」を順序立てて説明できる自信あるぞ。だっておれは23年間馬鈴薯という言葉を聞いたことがなかったのだもの。お母さんも教えてくれなかったのだもの。そして実際それで今まで何も困らなかったのだもの。困ったことといえば今お前らにちょっとバカにされてることくらいなのだもの。

逆にみんなに馬鈴薯を初めて知ったときどこで知ったか聞いてみた。みんな、友達との会話の中でとか、テレビで見たとか、まあそんなんだ。まあそんなんだろうよ。世の中の常識って大体そんな感じで耳に入ってくる。

イラレは専門知識で、馬鈴薯は一般常識。そうくくってしまえば簡単なんだけど、なんか腑に落ちない。

例えば、「マクドナルドのマックじゃない方のMac」っていうのがパソコンを指す、っていうのは一般常識か?じゃあ、その一般常識は何年前から「一般常識」になったんだ?少なくとも数年前までそんなものは誰も知らなかった。スマホという言葉も、最近できた言葉だな。

それを世界と思うな

例えば、「マツコ」は一般常識か?ほとんどの若者は彼女を知ってる。いつもテレビに出てる(おれあんま最近テレビ見ないからわからんけど)。

でももしかしたらおれよりテレビを見ないおれの父さんは彼女を知らないかもしれない。おれのおばあちゃんはたぶん絶対知らない。

言うまでもなく若者よりお年寄りの方が数が多い。マツコは「若者の常識」だけど「お年寄りの常識」ではないかもしれない。じゃあそれは一口に「常識」とは呼べない。

3つのグループで世界は成り立っちゃう

中国でFacebookは使えないらしい。政府が規制をかけているらしい。と、いうことをおれは最近知ったくせに、「常識」だと思い込んでしまっていた。知ってた?ほんとに使えないらしいよ。

おれがこの知識を知ったのは、「旅行に行った友達がそう言ってた」ってのと、「カナダのトルコ人の友達が言ってた」のと、「ググったら確かにそう書かれてた」という3つの理由からだ。恐ろしいことに、これだけでおれは「まあ大体の日本人が知ってるんだろうな」とか思ってたわけだ。

最初に言ったことをもっかい分かりやすく言うならこうだ。「人は、関係ない人たちが知ってたことは、専門知識ではなく常識だと思い込む」。これは誰かが言ってたとかじゃなくただおれが思ったことなんだけど、多分真実だ。

まあさっきのFacebookの例は「ググったらわかった」というのが混じってたけど、でもそういう「勘違い」を人はしうるということだ。

あいつがそう言ってた。あいつも言ってた。テレビでも言ってた。こりゃみんな知ってることだな。常識だな。と誰でも思い込む。

常識は相対的

まあ、結局言いたいことはね。バカっぽく言うと、「馬鈴薯くらい知らなかったからってなんだってんだ!お前らが一般常識だと思ってることはほんとは専門知識の拡張でしかないんだ!調子乗んな!バーカバーカ!」ということ、、ではないかもしれんが近い。まあ馬鈴薯については、みんなに笑われたので反省してます。多分常識なんでしょう。知らないと恥をかくレベルのものなのでしょう。実際恥かいたし。

でも常識はある程度全部専門知識の拡張だと思う。

Macもマツコも、おれのおばあちゃんは知らないだろう。じゃあ専門知識だ。知らないと友達の前で恥をかくかもしれないけど、おばあちゃんの前ではかかない。老人ホームでもかかない。パソコンもテレビも縁がない人にとってそれらは専門知識だ。

でも若者にとっては常識。

じゃあ普遍的な常識ってなんだろう。銀行が3時に閉まるというのを僕は大学に入ってから初めて知った。今まで知るハメになる場面がなかったから当然だ。何も恥ずかしいことじゃない。でももし知らなかったら、そして大事な場面でそれがばれたら、恥をかくだろう。採用面接で「一般常識のないやつ」とされて落とされるかもしれない。でもそれでさえ、それは「常識」ではなく「社会人の常識」だ。知らないと社会で恥をかくが、高校ではかかない。一般的に言われている「常識」とは「社会人の常識」であることが多い。

外の世界を頭に置こう

常に、「自分と全く別の世界を生きている人」を頭の中に1人置いておこうそうしよう。もっとわかりやすく言うと、常に、「おばあちゃん」を頭の中に1人置いとこう。

ムサバド(ムサビのバドミントンサークル)の部室で、友達と小栗旬の話をしながら、あー、、おれ小さい世界で生きてんなー、、おばあちゃん小栗旬知らないだろうなー、、とか考えよう。そして、おばあちゃんはその分僕たちの全く知らない、そして知らなくても恥をかかない知識をたくさん持っているということを肝に銘じよう。

常識を知らない人たちは、その代わりにその人の常識をたくさん持ってると肝に銘じよう。

そして、自分だけの常識をたくさん持とう。「ツイッターで『まじでイライラする』みたいなツイートをすればリアルの人に嫌われる」というのは僕の中では常識だ。持論じゃなくて、常識だ。なんとなく何年かツイッターをやりながら生きててわかった常識だ。みんなも気づいただろ?え?気付いてないの?恥ずかしいなあ、、と思っている常識だ。

自分で考えた、自分だけの常識を持とう。それは持論ではない。モラルだ。一人一人が、正しいモラルを持とう。なんの話だっけ。おしまい。

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