脚本はボルダリングに似てる

こんにちは!効率的な事をするのが大好きです!ガストンです!

脚本を書くのって、すげー広くて高い壁でボルダリングするのに似てる。脚本を書く作業の比喩をずっと考えてたけどここ最近で一番しっくりくるのひらめいたから書き記す。ボルダリングだわ。

ボルダリングやったことない人のために軽く解説。灰色の壁にカラフルな石がたくさんついて、それをよじ登りながらゴールの突起まで行くゲーム。石によって色が振り分けられてて、どの石でも触っていいわけじゃなくて、同じ色の石しか触っちゃいけない。

登りながら次の石を探してたら疲れるから、登り始める前に壁全体を見ながら「あー行ってこう行ってこう行けばいける」とか石のルートを考えてからよじ登り始める。

ボルダリングってそんな感じ。まああたし一回しかやったことないんだけどね。(どーん!)

で、脚本ってこれに似てる。まずゴールを決める必要がある。どの石に行ければゴールなのか。これを明確に決めないと上の方でうろちょろして体力を浪費する。主人公が敵を倒して勧善懲悪やれたら終わりなのか。主人公がヒロインとくっついて離れてくっついたら終わりなのか。伏線回収一個だけすごいのやってから犯人が見つかったら終わりなのか。脚本のゴールを決める。

で、これに行き着くために壁全体を見ながら辿る石を考える。これは大筋を考えるのに似てる。まず主人公がヒロインに出会おう。次にちょっといい感じになろう。そんでヒロインになんか隠し事があったらおもろいな。なんだかんだで喧嘩とか決別とか挟みながら最後ハッピーエンドに持って行こう、とか考える。話の大筋をノートに箇条書きにしている状態。

床に立って見ている分には「うん、あのルートでいけそうだ」となる。でもいざ登り始めると意外とすぐに行き詰る。

この、いざ登り始める、というのが、Wordに戯曲を書き始めた状態。頭の中で映像を再生しながら、一人一人のセリフを順番に書いていく。

すると、思ったよりも主人公がヒロインと出会うのが自然に書けなかったりする。床から見てる分にはここの石からあそこの石まで手が届く計算だったけど、意外と遠かったりする。

しょうがないので他に手が届く石がないか探す。計算は少し狂うけど、最終的にゴールに行ければいいので、とにかく前に進める石を探す。なんとか見つかる。やや遠回りになりそうだけど、見つかる。

そういうちょっとしたその場しのぎを繰り返しながら、少しずついびつなルートになっていく。ちょっと無理があるシーンが増えていく。でも一応ゴールには近づいている。

あともう少しでゴールだ、というとき、愕然とする。どこにも石がない。仕方がないので一手手前に戻り、他の石を探す。そこからやり直してもまたゴール直前で石がなくなる。ニ手手前に戻り、他のルートを辿る。これもまたゴールへはたどり着けない。しょうがないので6手手前に戻って主人公が喧嘩するシーンからやり直す。気が遠くなるけどやるしかない。でもまた、ゴール直前で八方ふさがりになる。

体力を擦り切らしながら、下の方まで戻る。ちなみに、この戻る行為にも体力を消耗する。今まで登ってきたものをボツにする精神的疲労はでかい。内臓がきゅーっとなるのを感じながら、ヒロインと出会うところまで戻る。

いっそ床に下りて一回休憩するか。ただ繰り返してもどうせまただめだし。大筋から考え直す。スタートの石がそもそも間違っていた可能性さえある。ゴールに行けそうな大筋をもう一度考えてから、スタートの石に手をかける・・

これの繰り返しだ。気が遠くなる。脚本を書くのが上手くなればなるほど、無駄なルートを通らずに済む。あるいは、手が届かないと思っていた石に、思いもよらぬアイデアで手が届いたりする。でもなかなかうまくならない。だから繰り返す。とにかく繰り返すしかない。登れば間違っていたとわかるから、登り続けるしかない。

ちなみに、脚本を書いている真っ最中の人に「今どんな感じ?」と聞いてはならない。

この質問にちゃんと答えるためには、スタート地点から辿ってきたルートを一から説明しなければならず、次の石を考えている最中にそんなことに体力は使えないからだ。

また、床からプレーヤーを見上げながら「右上の石に行けばいいんじゃない?」などと軽はずみに言ってはならない。実際のボルダリングであればこれは大きな助けとなるんだけど、脚本の場合は違う。

「届きそうに見えるかもしれないんだけど、意外と届かないんだよ」という場合がある。「なぜ?」という問いには、「じゃあここまで登ってきてやってみなよ」と答えるしかない。

はっきり言って脚本を書く難しさは、Wordを開いたものにしかわからない。文字を打ち始めたものにしかわからない。これは本当だ。ここに0歩と1歩の差がある。口頭でのアイデア出しと議論は床の上で石を眺めながら「いけそうだよね」と話しているだけに過ぎない。「戯曲会議」というものを開くならば、せめてゴールまで何度か登ったことのある人たちを集めて開かなければあまり有意義な場にはならないだろう。

今、舞台の脚本を書いている。例によって難航している。今まで何度もゴール目前で何千字も削除してきたから、いい加減学習して壁の前で吟味している。

ゴールまでたどり着けば、壁の向こうには舞台が待ってる。はしごを下ろして床から見守ってくれていた役者たちやメンバーに伝える。「あとはやるだけだよ」。そうしてみんなのやる気を引き上げる。

言いすぎたかな。脚本意外もみんな大変なんだけど、でも脚本がすべての出発点だという感覚が僕にはある。

がんばろ。

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