「何者」レビュー。意識高い20代メンタルをフルボッコする素敵映画

こんにちは!「生まれた時から気持ち悪い意識高い系」。ガストンです!

何者見てきました!何者知ってる!?「桐島、部活やめるってよ」と同じ朝井リョウさん原作の映画!

感想を前半ネタバレなし、後半ありで書く!


とにかくキャストが豪華だし、桐島すっっごくよかったしでワクワクしながら見に行きました!流れはこんな感じでした!

1.【予告編を見たガストン】

「桐島と同じ原作の人だー!絶対最高におもろい!期待しちゃうんだからー!」

2.【映画館に行くまでのガストン】

「いよいよだがねー!!!ついにこの日が来てしまったがねーー!!桐島レベルの感動に期待しちゃうんだからー!」

3.【見終わった後のガストン】

「・・・将来どうしよう(絶望の目)」

・・・いやもうね、やばいよ何者。軽い気持ちで観に行かない方がいい。結論から言うと、映画はよかった。最高によかった。観てよかった。でもね、最高すぎてただの娯楽に留まってない。考えさせられすぎて観終わった後数日経った今も割と落ち込んでる。おっけ。理由書いてくね。ここからネタバレあり。まだの人ごめんち!でも早く言いたいんだ。

ーーーーーここからネタバレありーーーーー

意識高い系がズタボロにされる映画

もうまじでこれ。主人公のたくと(佐藤健)に感情移入せずにはいられないっすよ。

終盤でたくとは裏アカウントで友人たちのがむしゃらに頑張る姿を引いた目で客観視して、こいつのどこが痛いだとか、こうはなりたくないとか偉そうに言ってるわけ。ギンジに向けて「さみいよ」とか言っちゃうわけ。

で、りか(二階堂ふみ)に裏アカウントバレててボロクソ言われるわけ。胸の内を全部見破られちゃう。一番言われたくなかったことを言われちゃう。もうかわいそうで観てられない。

かわいそうというか、たくとはおれだから、おれがかわいそうだからやめてほしいって感じ。

よくあるじゃん。意識高い系が大恥かいてスッキリする物語。この何者の場合はそれが主人公だからね。今の今まで感情移入しかしてなかったおれ自身だからね。

同じ原作者でも「桐島」は高校生のスクールカーストが題材だったから、大学生だった当時の自分はどこか引いた目で見れてた。だから痛くも痒くもなく、ただ感動できた。これは違う。これはまんま自分にブーメラン。まんま自分の内面をえぐり出される気持ち。

最後、たくとは今までずっと好きだった女の子に「たくとの劇好きだったよ」と言われてめっっちゃ元気出て面接で今まで言えなかったような胸の内をさらけ出せるようになってて正直者に近づいてて、面接会場のドア開けて希望の光差し込んでハッピーエンドだけど、観客のおれは有村架純に「ガストンの劇好きだったよ」って言われてないからね?ここ大事!ここテスト出るよ!

もうガストン演劇やってる点も含めて死ぬほど共感したってのに、有村架純に褒められるところだけは共感できてないからね!?二階堂ふみにボロクソ言われるところでどん底に叩き落とされたまま宙に投げ出されたまま映画館後にして今に至るからね!?

おっけ自分ごと喋りすぎた。一個一個行こう。

現代の若者は「痛いの誰だゲーム」から抜け出せない

これなんだよね。この映画見た一番の感想は。おれたちみんな評論家風吹かさずにはいられない。そうでしょ?ぶっちゃけみんなあの6人の中だと佐藤健でしょ?違うの?え!いーなー!

ガストンは周りの人間みんなガストンみたいな人間なんだと思いながら生きてる。ほんとは違うのだろうけど、いつもそういう風に思考が傾くことからは逃げられない。

「どうしたら一番かっこいいだろう」「どっちにいけば恥ずかしくないだろう」「みんなになんて言い訳しよう」「あいつよりはマシだ」そんな風に考えながら生きるのをやめられない。

菅田将暉や有村架純みたいに生きられたらどんなにいいか。

世の中の物語って大抵、あの二人が主役なんですよ。有村架純の「菅田将暉は自分の人生にドラマを見つけて、その主人公になれるんだよ」って言ってた。ほんとにその通りです。いいなあ。心から羨ましい。

そういう有村だって「『自分は主人公になれない』という悲劇」の主人公になれちゃっているんです。だからやっぱり羨ましい。やっぱり主人公っていうのはさ、自由奔放で、コミュ力が高くて、ちょっとバカだけど根っからの良い奴系男子や、素直でまっすぐで努力家でかわいくて一途な女の子が適任で、残酷なことに就活もそういう人たちが勝ち上がっていくようになってる。

そりゃそうだよおれだってあの6人の中だったら菅田将暉と有村架純が一番採用したいわ。誰も二階堂ふみみたいな意識高いバリバリ系の扱いずらそうな女子(二階堂ふみ)いらないし、世の中なめてそうな何事にも斜めに構えてそうな調子乗ってるコラムニスト志望(岡田将生)いらないし、ましてや裏アカウントで承認欲求満たしてる気持ち悪い意識高い系真面目君(佐藤健)いらないもん。って言いながら自分がこの要らない3人の要素全部ド直球で持ってることに泣きたくなってくる。有村架純さん!助けを求めてる人がここに一名いますよー!

佐藤健は本当はわかってたんじゃないか

でね、深い話だけど、佐藤健は本当は自分がイタイ奴だと気づいてたんじゃないかしら。ふみちゃんに「お前の裏アカキモいよそりゃ内定でねーわな!!」って言われた時、本当は救われた心境だったんじゃないかしら。おいらそう思う。

意識高い気持ち悪い系の奴らはね。いるんだよ。実在してる。菅田将暉タイプや有村架純タイプの人には一生かけても理解できないかもしれないけど、そういう悲しい人間がほんとにいるんだよ。で。彼らは実は気づいてるんだよ。自分がイタイやつだって。でもどうしようもないんだよ。

だって自由奔放にやったって、「そういう演技をしているオレ」っていう自意識から逃れられない。バカっぽいことをしてても何をやっていてもくだらない自己分析が止まらない。「自分は今誰にどう思われてる」って思考が止まらない。

誰かから言われないと、ボロクソに言われないと、変われない。それを自分でもよくわかってるから、誰かに言われるのを期待して、少し大げさな行動をしてみる。人の目につく言動を飛ばしてみる。裏アカウントにロックをかけなかったのも、待ってたからなのよ。ふみちゃん。違うのよ。「自分大好きだもんね」って。それもめっちゃそうなんだけど、それ以外にもあって、本当はあなたに見つけてほしくて、ボロクソ言ってほしくってオープンにしてたのよ。

なんかドMみたいになってますけど、ただのドMで済んだらどんなにマシか。生き恥晒しながらじゃないと前に勧めない人間にとって、Sがどれだけ救いの女神に見えることか。それでいうとこの映画自体が僕にとってのドS。僕にとっての二階堂ふみ。ボロクソ言ってくれてありがとうございますもっと頑張ります。

やべえ映画のレビューどころじゃなくなってきた。こんなどうしようもない自分でも、何者かにはならなきゃいけない。理想の自分とは程遠いけど、それでも何者かにはならなくちゃいけない。「まだマシ」を狙い続けることになったとしても、何かに向けて人生を歩まなきゃいけない。

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