なぜか憧れてしまう「留学」

こんばんは。さっき徳島から帰省してもう疲れました僕は。なのにもっと疲れるネタを選んでしまいましたちくしょおおおお!!!!

実は最近、「留学してえなァ……でも留学そのものが目的化しちゃうとだめなんだよなァ……なんでおれ留学したいんだろ」とか考えてました。しかし結論から言えば最終的には帰省中の電車内で「日本でおもろいことできん奴が言葉も不自由な海外でおもろいことできるはずないわ!!せや!!」という結論に至り、あっさり留学しなくていいや路線に切り替わりました。意見がコロコロ変わるぐっちょむです。

ところで日本人はなぜか海外に漠然と憧れてしまいますよね。「海外で2年間デザイン学びました」とか聞くとそれだけでたじろいでしまいます。「日本で2年間デザイン学びました」よりも上な気がしています。実際はどっちが上なんてそれだけではわからないのに。また、「日本一活躍するデザイナー」よりも「国際的に活躍するデザイナー」の方がなぜかなれそうな気がしてしまいます。

これは1年生の頃ムサビで「将来海外に出ていきたいと考えている人のためのランチトーク」というのがあってそこで聞いた話なんですが、「国際的」という言葉ほどあやふやでキラキラしているものはありません。日本人は英語さえ喋ることが出来れば「国際的」な活躍ができると心のどこかで思いがちですが、言語はあくまでコミュニケーションツールであり、英語が喋れることは向こうでは当然のことで、大切なのは「英語が喋れるかどうか」ではなく「面白いものやアイデアを出せるかどうか」「周りの人を惹きつける力が自分にあるかどうか」です。

ランチトークでこの話を聞いたときは「そうか!よし!海外に漠然と憧れるのはやめよう!」と短絡的に思ってたんですが(笑うとこ)、最近また「でも世界から日本を見て気づける社会問題もあるよな……おれソーシャルデザインに興味あるしな……そういうの大事だよな……」と思い始めてまた海外の美大へ留学したいななんて考えだしてました。もしそうとなると学費は自分で稼ぎなさいと帰省中親に釘を刺されたけどねてへぺろ

しかし冒頭に書いたようにやっぱりいいや路線になりましたてへてへ。

イメージしてみたんです。海外に留学したものの普通に学んで、普通に修了して、普通に日本に帰国して、日本でまあまあ普通の(特別有名ってわけでもないし大きな活動をするでもない)デザイナーになって働いている姿を……

…………ありうる……!!!!!!!

十分に、いや十二分にありうる話です。むしろ留学そのものが目的化して行っちゃった人はみんなそうなるんじゃないかと直感がそう言っています。

そうだ!!あらゆる分野で欧米 > 日本みたいな関係が成り立っているかのような錯覚は捨て、あるがままを自分の目で見て確かめなくてはなあと思っていたところじゃないか!!

そうだ!!ムサビで4年間なんとなく過ごした人間が海外(それだけで充実してるかのように錯覚しそうな場所)でなんとなく過ごさないわけがない!!

……と、考えて今ここです。

んーどうなんだろう。まあ将来どうするにしろとりあえず海外行ってみたいし英語しゃべってみたいとは思うのでこの春休みは海外旅行に行こうと思ってますてへぺろ。