月別アーカイブ: 2012年12月

おれが金工をとったときの話 -変な価値観の話-

こんばんは!!ブログは一日一回書こうと心がけてるんだけど、地球は一日の境目が夜の12時なのに対して僕は朝の6時またはがっつり寝た時なのでそこに価値観の相違があるから時々書かない日があったり一日に2回書いてるときがあるけど気にしないでね!!誰も気にしてないか!!グストンです!!

僕の身近な人には何度かくっちゃべってきた話だけど、僕が金工っていう授業をとったときの話(僕の価値観の話)ね。

僕はある日、金工っていう銅の円盤をカチカチ叩いて器にする授業を取りました。直径20センチくらいの銅の円盤が配られて、それを定期的にガスバーナーで熱しながらハンマーでちょっとずつ叩いて器にしていくのね。

で、先生は言った。

「ついつい急いで大きく叩いてしまうけど、ちょっとずつちょっとずつ進めていくことが綺麗に仕上げる秘訣です。また、ちょっと形が歪んでしまった時に、ついつい修正しようと反対側から打ったりしてしまいがちだけど、それはどんどん形が歪んでいってしまうのでやめましょう」

これを聞いて僕は思った。

「はいはい、そういうやつね」

金工をやるのは生まれて初めてでしたが、自分にとって「あのあれと似た感じね」と思いあたる経験がありました。「ちょっとずつやるのがよい」という道筋には誰にでも覚えがあるのではないでしょうか。「そういうのあるよね」と思いませんか?今日はここをほじくる話です。

で、作っていきました。最初は言われた通りにやってましたがだんだん我慢できなくなりました。「大きく叩いても大丈夫な気がする…!!」僕は「見た感じ大きく叩いても大丈夫だ」というこれまた別の経験から「大丈夫」と判断し、大きく叩きました。はい失敗しました。大きく叩くとダメな理由がすぐに手の感触を通してわかりました。さらに形がずれていったときも先生の助言に背いて「反対側から打てば直る気がする…!!」とこれまた経験という名の感で反対側から打つと、はい失敗しました。先生が言ってた意味がわかりました。そして、「はいはいそういう感じね!!」としっくりきました。最終的に僕の作った器はなんともいびつでつまらないものになりました。

で、ここで僕が言いたいのは、こと先生の助言に背いたことに関しては「おれは後悔してねえ!!」ということです。

僕は将来金工をやるつもりもないし、ここですげえ金工の器を作ったところでそれは「学生が初めて作ったにしてはいい出来」に過ぎず、価値の低いものにしかならないと思ったので、「いい作品ができること」よりも「ここで反対側から打ったらいけそうな気がする…!!実際どうなんだろう…!!」という疑問を解決する方がデザイン情報学科の学生としては大事に思えたのです。

というのも、「ここでこうしたらいける気がする…!!実際どうなんだろう…!!」の答えを「そういう感じね!!」と知ることは僕にとってすんごく重要です。いつかこの経験に基づき「そういうやつね」「あの感じと一緒ね」と考えるときが来るかもしれないし、何よりこの突発的で感覚的な決着をつけることは僕にとって純粋に至福そのものです。超楽しいことです。こういうこと(感覚的なニュアンス)に僕は価値を置きます。先生の言うとおりにしてこのモヤモヤを残したまま優をもらうぐらいならこのモヤモヤすっきりさせて可をもらった方がマシだとこの時は真剣に思ったのです。知識ではなく感覚による知的好奇心を満たす快楽です。なんも変なこと言ってないよ、おいそこ引くな。

こういった感覚的な疑問をすっきりさせると本当に僕は嬉しくなります。何をするにしてもこういう疑問はすっきりさせてから臨みたいと思ってます。

ちなみに、前述した通りこと先生の助言に背いたことに関しては後悔してませんが、純粋に「もっと頑張ってたら先生の助言に背いたって優もすげえ器も作れてた」と思ってるので総合的には後悔してます。いびつでつまんない器を作ってしまったことに関しては知的好奇心なんて言い訳にもなりません。目の前のものに全力を尽くすのがベストだと思います(いまさら)。この金工では、変な知的好奇心を満たした時に金工への情熱がなくなってしまったのが敗因でした。「何に価値を置くか」は「何に力を入れるか」に直結します。僕は「モヤモヤをすっきりさせること」に価値を置いて「いいもん作る」に価値を置かなかったわけですが、これは両方に価値を置くことができたはずだと後悔しています。情熱が持てないなら持てるよう努力した方がきっと楽しいです。何にでも興味・関心が持てるようになりたいと思う日々です。

おれはこんなデザインに興味がある!!

へそ!!上空10000メートルからこんにちは!!元気もりもりグストンだよ☆ おいそこ死ねとか言うな!!

今日は、僕が最近どんなデザインに興味があって将来どうなりたいかを語らせて頂きたいと思います。あたし恥ずかしい…///

でもね、要は美大生がブログ書く上で発信していくべきだと思うのはやっぱこういう話なんじゃないかなと思うんですよ。一応このブログは「デザイン?なんかかっこいいものや可愛いもの作る色塗り職人さんでしょ?」と思ってるデザインと無縁の人向けに書いてるつもりなので。違うよ!デザインはもっと幅広くて奥深いよ!

まずはこのサイトを見て欲しい。

http://greenz.jp/

このサイト、世の中にはいろんなデザインの使い方があって、社会の様々な問題……例えば障害者の雇用や被災地支援や貧困や環境破壊やそれはもう数え切れないよちくしょう……を解決するために脳に汗を流してデザインの力を駆使している人たちの活動を紹介している。

これに感銘を受けた。

また、12月26日まで東京ミッドタウンのデザイン・ハブでやってた「もちかえる展覧会」も、greenz.jpと同様、社会問題をアイデアで解決しようする人たちが紹介されていて僕は久しぶりに展覧会というものに行って興奮した。梅原真さんや本村拓人さんや上田壮一さんの活動は見ていて「かっけー」と思った。ぜひ調べてみて。

要は、こんなんをしたい。何かを売るためのデザインじゃなくてもっと大切な何かのためのデザインがしたい。「欲しいモノ・コト」じゃなくて「必要なモノ・コト」を作りたい。自分が解決すべきだと思った社会問題と向き合って行きたい。まだ具体的にどんな問題を解決したいのかは考えられていないけど、まだまだ僕の知っている世の中なんて極一部だと思うし、まだまだ知らない世界と解決すべき問題があると思うのでもっと勉強したいと思う。そういうことを意識して世界を見たい。

で、とりあえず上記したような「かっけー」人たちがどういうプロセスを経て今に至るのかを見てみると、電通・博報堂など大手広告代理店に在籍したのち独立した人もいれば海外でしばらく遊学して日本に戻って独立した人もいれば高卒で会社を起こした人もいる。

で、今のところ僕が考えているのは(何かすごい衝撃をうけて退学しない限り)4年間でムサビを出て、海外の大学院とか留学とかする。(簡単に言うなって思うかもしれないけど、簡単に言うよ!だって難しさ知らないもん!言わなきゃ自分の意志も始まらんでしょう!!)国は今んとこどこがいいとかない(勉強不足)。とにかく日本以外の国に住んでデザインに励みながらいろんな社会問題を知りたいと思う。英語ができるとできないとじゃ入ってくる知識が桁違いなんでしょ?と思ってるので英語は使えるようになる。今勉強中。

で、解決したい問題が見つかって、それを解決する実力と計画を持てたら実行に移す。そんときはがむしゃらにガンバる。頑張り続ける。

で、死ぬ。

これが今考えている将来展望。今はもうツッコミどころ満載だけど、ここに説得力をつける作業を大学生の今やりたいと思う。僕はまだひよっこです。デザインのデの字も知りません。世界のせの字も知りません。でも漠然とやりたいことは見えてきたように感じています。今はそんな位置にいます。

1年前は、「将来どんなデザインがしたいか?」と聞かれればその選択肢はグラフィック、編集、プロダクト、インテリア、建築、映像…とかそんなんしか頭に浮かんでこなくって、「どれってわけでもないなあ…今やりたいこと探してる途中です!☆」って答えてた(自問自答)けど、今ははっきりと「ソーシャル・デザインです!」って感じ。

これは前述したgreez.jpでその定義が提唱されていますが、まあ上に書いたようなことです。また、ムサビでやっている「カルチュラル・エンジニアリング」もすごく興味があります。「世の中を変えるデザイン」という点はどちらも共通しています。

おれはこんなデザインに興味がある!!

「ソーシャル・デザイン」と「カルチュラル・エンジニアリング」です!

英語勉強webツール紹介

こんにちは。昨日トイ・ストーリー3を見ました。2回目だけどやっぱり感動しました。ディズニー大好きです。ぐっさんです。

今日は英語勉強に役立つwebツールをどどーんと紹介だー!!ぐっさん主観でのどれぐらい役に立つか、ぶっちゃけどれぐらい続けられるかまで詳しく書いてくぞ!!英語勉強したいけど何のためとか具体的に決まってない画面の前のてやんでいも暇つぶしに見てけやチェケラっちょい!!!!!

1.skype英会話(有料)

home

リンクはskype英会話大手のラングリッチというサイト。ところで皆さんスカイプ英会話って御存知ですか?今や月5000円前後で自宅で好きな時間(時間の制約は会社による)に毎日25分外国人と喋ることができる時代です。聞くところによると従来の対面型英会話教室と比べて同じ時間にかかる費用は20分の1とかなんだって。「スカイプ英会話ってそんなに安いんだ!」というよりむしろ「今までの英会話教室ってそんなに高かったの!?」という方にびっくりしたのは僕だけでしょうか。

とにかく、1ヶ月ごとの支払いで毎日25分で5000円です。「英語の勉強なんて大嫌いだ!!コミュニケーションツールだろ!?要は伝わればいいんだろ??」と思ってしまう僕にとっては「毎日話せる」というのは魅力的です。実際、上のラングリッチと、レアジョブという2社で無料体験をそれぞれ2コマずつ(計100分)やってみましたが、これが毎日か、いいな、と手応えを感じました。

「日本語が話せない相手と25分話さないといけない」という不安もはじめはありましたが、わりとなんとかなりました。もちろん多少英語が話せないと話が進みませんが、ほんとに中学生英語とボディランゲージがあればどうにかなります。僕はセンター英語170点で今受けると多分60点ぐらいしか取れない自身がありましたが、楽しむことはできました。「どうにかなるなあ」ということを無料体験で実感するのはおすすめです。

今有料版をお父さんにおねだりしてるんですが返信が来ません……待ってろ今に帰省してスライディング帰省土下座をお見舞いしてやるぐへへへへ

2.weblio(無料)

http://uwl.weblio.jp/

英和、和英辞書。僕は、あれ英語でなんていうんだっけ、と思ったらブックマークツールバーに置いてあるweblioをクリックします。

使ったことある人多いと思いますが、アカウントを作って(無料)英単語帳を作ることをおすすめします。そして英単語帳上で常に英訳、和訳機能を使うのです。すると今までに調べた英単語が常に表示されます。これが学習に役立ちます。自分が過去にわからなかった単語だけの英単語帳なので効率的です。また、weblioは実は長文の翻訳機能も持っています。ここに英英辞書まで搭載してくれると完璧なのですが……

英語の勉強を続けている限り頻繁に使うことになりそうです。

3.ずるっこ!(無料)

http://zurukko.jp/

サイトはしょぼいですが、こいつまじ最強です。

英語ばっかのサイト行きます。ブックマークツールバーにいるこいつをクリックします。あっという間にさっきまでの英語ばっかのサイトが、日本語ルビ訳つき英語ばっかサイトに変貌します。さらに英単語をクリックでルビを消したり出したりできます。文法わかんなくても単語さえわかればなんとなくわかるよね!!と思い込んでいる僕みたいな人には感動の瞬間です。

しかし実際、そもそも英語のサイトを見る習慣がなければ当然使いません。

簡単な英語で書かれたデザイン系のブログとかあったらな…簡単だとずるっこ意味ないか。

もちろん結果的に僕はあんまり使ってません(うんこ)。

英語を読む習慣をつける起爆剤としてどうぞ。おれも頑張る。

4.ランゲート(無料)

http://lang-8.com/

こいつもすごいっぽいです。英語で日記を書いたらネイティブが添削してくれます。変わりに自分は日本語を勉強してる人がつたない日本語で書いた日記を添削してあげます。すごいけどこれも続かなければ意味がありません。三日坊主の僕は2年前くらいにちょっとやったことがありましたが、誰も添削してくれないのが寂しくてやめてしまいました。おれは日本語の添削してやったのになんだこの仕打ちは!プンプン! とはいっても3回くらいしか投稿せずにやめちゃったし、もっと続けたら添削してくれてたかもしれないし、今では状況も変わってるかもしれません。この記事を書くついでに一回久しぶりに投稿してみたら、ものの30分くらいで添削してもらえました。なによ…あたしに戻ってきて欲しいの? このこのー!!!!///

5.ロゼッタ・ストーン(有料)

http://www.rosettastone.co.jp/

webツールじゃないけどついでに。これは有名ですよね。1年前くらいに本屋や電気屋で宣伝してました。

実はこんなお高い英語教材にも僕は手を出していました。5万くらいします。あくまで主観で言っていいなら買わんでよし。

教材の中に一切日本語が出てこなくて、英語とイラストだけで進めるから赤ちゃんと同じ要領で言語が学べる!というのがこのロゼッタ・ストーンの売りなのですが、それ自体はいいと思ってます。そういう勉強方法は気に入りました。しかし、扱っているレベルは小学生〜中学生までだし、進行は遅いし、実践的じゃないなというのが印象。だって、レベル1〜5まであるんだけど、レベル1とかあれだよ。redとかblueとかだよ。「やってられっかあぁー!!」だよそりゃそうだよ。楽しみながらできるというのは本当です。今でもたまに「息抜きとして」やります。でも息抜きにこんなお金払わなくていいです。

僕らは中、高と6年英語を勉強してるのですでにロゼッタ・ストーンの最高レベル5まで行ってます。もし中国語とか、全く知らない言語を学ぶならロゼッタ・ストーンはまあそんなに悪くないんじゃないかとも思います。僕は多分買いませんが…

思ったよりも思いつかなかった…あんまり使ってなかった…もちろんたくさん使うほど滑稽ですが。

しかしあれですね。英語を勉強するために一番大事なことは具体的な目標を持つことですね。それがないと絶対続きません。僕は来年、ムサビの英語の授業を履修するために今勉強してます。ほらね?こんな風に、明確な目標をもって初めてスタートラインに立てるんですよ。つまり、僕みたいに明確な目標を持ったところで三日坊主は大変だってことですよ。

縛って!!あたしを縛って!!誰でもいいから明日から日本人全員英語喋らないと死ぬ憲法作って!!じゃなきゃあたしは…

普通に英語頑張ります

課題やるぜ!!

こんばんは。ぼくらの生まれてくるずっとずっと前にはもう、アポロ11号は月に行ったって言うのに、ここ最近のおれは何やってるんだろう…ガストンです。

最近好きな言葉は「完璧を目指すよりもまず終わらせろ」です。Facebookのザッカーバーグが言ったとか言わなかったとか言ったとか。

すごくいい言葉だと思います。遅れ提出の良作は期限内提出の駄作に劣ると思います。ものづくりはお仕事ですから。約束が守れることがスタートラインです。(おや?自分に何かが刺さる音が……)

この言葉がいいなと思う理由はやっぱり自分自身が完璧主義の傾向があるからだと思います。あと一日待ってくれたら完璧にできるのにイィーとかいう後悔をしょっちゅうしています。計画的にやらなかったつけが最後に回ってきます。

てなわけで今日は、自分が実際に質の高いものを提出できているかということを棚に上げながら、僕が課題(デザイン系)をやるときに心がけていることを書いてみようと思います。

STEP 1.スケジュール

まず締め切りまであと何日あるのか、さらにはそのうちの何日が実質作業できる日なのかを明確にします。僕は最近、このためのオリジナルのカレンダーを作って把握に活用しています。

f:id:shohate:20121227214805j:plain

カレンダーみたいな段組みではなく横軸なりにして目で見て時間の経過を肌で感じられるようにすることに意味があります。おすすめです。「完璧を目指すよりもまず終わらせろ」の名言も書いてます。あ、ちょっとやめてください、そんなにジロジロ見ないで下さい。変態ですか。

ここで、締め切りの3日前とかに締め切りの予定を書き込んでおきましょう。余裕は大事です。「あと1日あれば完璧にできるのにイィー!」をこういう形で防ぎましょう。

さらにできれば作業工程もわかるだけ書き込みましょう。わかんなかったら「この日までに20%、この日までに50%」とかの抽象的な表現でも効果ありです。抽象的でも自分だけはなんとなくわかるからです。

スケジュールを組む段階で一番大事なのは、「絶対無理じゃない計画を立てること」です。自分が思っている以上に自分は自分との約束が守れないクソ野郎だということは自分が一番よくわかっているでしょうから、そういう人はハードルを下げに下げて、もはや跳ばなくてもいい、もはやバーが地面に埋まっているぐらいまでハードル下げてスケジュールを立てましょう。どんな簡単な目標でも、達成するとあなたはバカなので自信がつき、次への原動力となります。(痛い!!ものを投げないで下さい!!)

STEP 2.やる

スケジュールを立てたらすぐやりましょう。スケジュールの時点で「明日から」なんて言ってる人はもううんこ以下です。おしっこです。

すぐ取りかかって、何がなんでもやりましょう。パソコンのタブは全部閉じましょう。作業中に来たメールはやる気が死ぬほどなくなったときのリフレッシュ用に読まずにためときましょう。

リポデを飲みましょう。レッドブルでもいいです。必要とあらば2本飲みましょう。死にゃしません。でもお腹が冷えないように気をつけましょう(おれだけか)。

部屋はちょっと肌寒い方が集中できます。お腹はちょっと空いてる方が集中できます。

集中力が途切れてきたらぐだぐだやってても効率が悪いので気分転換に別のことをしましょう。このとき決して「楽しいこと」をしてはいけません。映画、漫画、テレビ、ネットなど全部ダメです。特別楽しくもない「散歩」とかおすすめです。(痛い!!散歩好きの人、ものを投げないで下さい!!枝痛い!!)

散歩は暇なのでしばらくしてると「暇だな…歩いてる場合じゃねえ」とやる気が出てきます。(おれだけか……)

それから、「完璧を目指すより…」の言葉にも関連しますが、僕はいつも、課題のノルマをイメージしながら作ります。ノルマというのは「提出はできるっちゃできる状態」とか「自分がギリギリ許せる(ホントは許せない)最低限のクオリティ」とかです。例えば30ページのポートフォリオだったら、タイトルがあって、何かしら載せたページが30ページないと提出さえ出来ないですよね。逆にそれだけあれば評価は悪くとも単位はもらえそうです。そういったノルマをイメージしながら制作し、もし自分がノルマ以上のことに時間を費やしてしまっていたらすぐやめるようにしています。ノンブルの位置にこだわってしまっている自分に気付いたらすぐにやめて、まず全ページの掲載作品とおおまかなレイアウトを決める方が先だろ!!ということです。そうして必要最低限のクオリティでもいいので、先に終わらせてから完璧を目指すのです。終わらせてからブラッシュアップを繰り返すことになります。こうすることで締め切りを確実に守れるようにします。

STEP 3.おわり

ステップ3なんてないよ終わりだよ。でも2で終わるわけにいかんだろ!!3て締まりいいだろ!!締まりは大事だ!!…下ねたじゃねえよ!!(痛い!!下ねた嫌いだからってもの投げないで下さい!!投げるならエロ本!!せっかくだからエロ本!!)

まあ強いて言うなら出来上がったものを人に見てもらうとかいいんじゃないですかね。そのときに躊躇するかどうかで自分にちょっとでも妥協があったかどうかわかるはず。もちろんアドバイスももらえて一石二鳥。

……はい、結構厳しく書きました。自戒も含めてだったのでご容赦くださいませ。

とにかくあれだな。冬休み廃人にならないよう頑張ろうぜムサビ生!!

写真捨てまくった

こんにちは。「やる気が出ないときにやる気を出す方法」が一生の研究テーマです。ガストンです。もしそれがわかったら今度は「『やる気が出ないときにやる気を出す方法』さえやる気がしないときにやる気を出す方法」を研究しようと思います。

さっき、iPhotoから写真を捨てまくりました。3900枚近くあったのを1500枚くらい捨てて今2451枚くらいです。ここには2007年ごろから僕が自分の携帯で撮った写真などが全部入っています。5年で、2451枚です。これは多い方なんでしょうか、少ない方なんでしょうか。

なんでも、思い出を思い出す媒体(写真や手紙やプレゼントなど)に対する考え方がちょっと前から変わってきてます。以前に比べてガンガン捨てるようになりました。

思い出を思い出す媒体って、賞味期限というか、現在の自分にもたらす効果みたいなのがあって、それがなくなったら捨てていいと思うんです。

例えば僕はさっき、パリに行ったときの写真をがっつり削除しました。ルーブル美術館の雄大な姿も、教科書で見たゴッホの肖像画も消しました。見ても、そこで感じたものを思い出さなかったからです。ルーブルに行ったという事実やゴッホを見たという事実は思い出しても、そこで僕が何を感じたかは思い出さなかったからです。実際、「おおーこれが」としか思わなかった記憶があります。「美大を目指してるのにこんな感性の乏しい自分でいいのか」と思った記憶があります。

しかし、歩行者用信号の写真やルーブル美術館の中の池でカモが泳いでいる風景は残しておきました。理由は、そこで感じたものを思い出せる写真だったからです。信号の赤ランプのマークが日本と違ったことに対して感動しましたし、日本のでっかい公演と同じ風景がルーブル美術館の中にあることに対して「建物は全然違っても動物は一緒だな」と思ったことを思い出しました。その感覚は僕の中で優先順位の高い大切なものでした。

そういった、そこで思ったこと、感じたことを思いだせる写真は現在の時間を割いてでも思い出す価値があると思っています。現在の制作やら何やらに活かせるかもしれないからです。なので、ルーブル美術館の作品のアップ写真などは、「想像以上に何も感じなかった」という発見を思い出すために一枚だけ残しておきました。

「そこまでして理由をつけてせっかく撮った写真の数を減らさなくとも」と思われるかもしれませんが、写真が多すぎるとたまに思い出に浸ろうとしたときに見返す気すら失せてしまうので、僕はたまにこうして増えすぎた写真を削除しています。「『記念に』なんて言ってバシャバシャ撮ってiPhotoという名の押し入れに入れられて見返されることもなく永遠の眠りにつく写真たちの魂はどこへ行くんだ!!!!そんな生き恥晒すくらいなら今この手で殺してやる…!!価値ある者のために…死んでくれ」「了解しました。若様。」「カチッ」

という流れになります。

あと、この思い出の消費期限は間をあけて思い出すことで長持ちする気がします。誰かからもらったプレゼントや記念写真などを部屋に飾って毎日嫌でも見てしまうようだともはやただの部屋の装飾となり、思い出を思い出す媒体としての効果は最初からあってないようなものです。何ヶ月または何年というスパンで間隔を空けないと、自分が変わっていないからです。「今はこうだけど以前はこうだった」と感じることが思い出の意義なんじゃないでしょうか。

epa!を2年やって感じたグループワークで大事な10のこと

おはようございます。ヒートテックを着て寝ると目覚めがいいという大発見をしましたガストンです。今日はいよいよアノ話題を……

僕は大学1、2年とepa!(エパ)というサークルに属していました。舞台をつくるサークルです。芸祭とかで公演してました。公式webサイトはこちら。
http://www.epamusabi.com/

あ、ちなみに、このwebサイトは僕がhtmlから全部作りました。webデザインをやっております。お仕事欲しいです(ボソッ)。

で、2年目は総演出っていうなんとも偉そうな部署についてたんですね。実際、とても重要な役で、今では僕では力不足だったと思ってます。スタッフを困らせ続けました。しかしこの1年間たくさんのことを経験しながら成長していったと思っています。
というわけで今日はグループワークに焦点をあててepa!をやってて感じたことをまとめたいと思います。ほんとは200くらいあるかもしれないけどざっくりまとめて10にしました。

1.グループワークは手伝いではなく参加。仕事を見つけよ。
グループワークの基本中の基本だと思います。全員が企画者のつもりで企画に携わることが大切です。
「わたしは下っ端だけど自分にできることをやる!!」
なんてアホぬかしなさるな。
も しトップダウン(ざっくり言うと上から下に指示が降りる組織構成)のかたちがしっかりとれていて、組織全体が機能するノウハウを蓄えた組織なら話は別です が、多くの場合(学生団体ならほぼ100%)組織はそうしっかりしていません。例え外部から見ればしっかりしてそうな団体でもです。

「何か手伝うことありますか??」
というのはとても響きがいいです。仕事を見つけようともしないうんこ野郎よりずっといいです。しかしこれでは本当はダメなのです。
「何か手伝うことありますか??」と聞くのがレベル1。
「これ、こうしたらいいですよね?やっときますね」と実行するのがレベル2。
「それ、もっとこうした方がよくないですか?」と提案できるのがレベル3です。
手伝うという意識自体変えましょう。入りたい組織に参加できたら、今度は自分の手で組織をもっとよくしようと努めましょう。

先 輩や上部の人をよくよく見てみると「あれ、こいつら思ったよりクソだな」と思うことはよくあります。大抵の場合上部の人はしっかりしてそうに見えるもので す。無責任な期待はほどほどにしておいた方がいいと思います。これはepa!がだめだめな団体だと言っているわけではなくて、大抵の場合、誰にでも(下っ 端にでも)改善すべき現状を見つけられるということです。上の人が効率の悪い指示を出している可能性も存分にあります。仕事を与えられたら、それがなぜや る必要があるのか理解してから作業を進めないと、途中で「ごめん、やっぱそれやらなくていいや」なんて言われる可能性もあるのです。ただ便利な作業人員に なるのではなく、脳みそも一緒に働かせましょう。

2.それぞれの責任とそれぞれの反省は別。全て自分のせいだと思え
責任を感じることと反省することは別です。自分ではない他の誰かが失敗したら、責任はその人にあるかもしれませんがあなたは失敗していないからといって反省する余地がないわけではありません。「自分があのときちゃんと催促していたら……」などがそうです。

で すが、繰り返しますが責任を感じることと反省することは別です。反省してもいいですが責任は感じなくてよい。つまり、「おれも催促しなかったり、至らな かった部分はあるから、お前だけ責めるわけにもいかない。お互い次から気をつけようね」なんて言ってたらアホ野郎です。厳しいと思われるかもしれません が、こんなことを言われた人は「自分だけが悪い訳じゃない」なんて思い込んでしまって、十分な反省をしない可能性があります。それぞれの持っている仕事が できず、その原因が本人にあることが明白ならば責任はその人にあります。ちゃんと反省させてあげましょう。

その上で、陰ながらあなたも反省し、もう「失敗させない」ことを意識しましょう。

3.結果がすべて。「させられなかった」は力不足。
「世の中結果がすべてだこの野郎ぐへへ!!」と、僕は思います。というか世の中そう動いてます。

僕 の好きな例え話をします。ある親子が道路を歩いています。道路に出て走り回る子供に対して母親は「危ないから気をつけるんだよ〜」なんてのんきなことを 言っています。しかし母親がのんきなのは、車が来ていないこと、来た時には子供をすぐに抱きかかえられる距離に自分がいることを理解しているからです。い ざという時にはわが子をさっと助けられます。
ここにまた別の親子がいます。先に言っておきますが、この母親は地獄レベルのクソ野郎です。 さっと助けられない距離まで子供が行ってしまっているのにも関わらず、「気をつけんと轢かれても知らんよ!!」なんて厳しいことを言っています。厳しい口 調でしっかりした教育をなさってるんですね☆。そして、車が来て子供は轢かれて亡くなってしまいました。クソ母親は言いました。「だから言ったのに」

も うお分かりでしょうか。これと同じことがグループワークでは非常によく見かけられます。「もっとこうしたらいいんじゃないか」と心の中で思っていたら、そ のとおりになったときなどに「だから言ったのに」。「ここをこうすべきだ」と言ったものの意見を聞き入れてもらえずそのまま進み、結果やっぱり自分の危惧 していた通りになった!!ここでも「だから言ったのに」!! 「お前らみんな間違ってるよ!こうすべきだ!」「何言ってんの違うよこうだよ(大多数)」 「うぐ……(みんなが言うならそうなのかも…でも)…し、知らないからな!!」(数日後)大多数「失敗した…」そんなときにも!!ハイ!!「だから言ったのに」!!!好 評発売中!!!

「だから言ったのに」というのは、動こうとしなかった、もしくは動こうとはしたけれど変えられなかった人の負け犬の遠吠えです。これを言う人たちは大抵、そのことを反省していません。本当はいいアイデアを出せる分、残念です。

大事なのは自分が「だから言ったのに」と言うことで自分を正当化することではなく、自分が正しい意見を言っていたのかどうかでもなく、そもそもグループが結果として失敗しないことです。結果が全てです。もちろん個人の「おれはちゃんと言った」などという結果などではなく、グループ全体の成功、失敗の結果です。

グループワークは一つのチームとして機能します。全体が従う意見はいつも一つに絞られます。 それを変えられなければあなたの力不足です。発言を諦めた時点であなたは相手の意見に同意したも同然です。本当に正しいと思う意見はどんな手を使ってでも全員に同意させてその方向に持って行かなければなりません。結果が最重要。プレゼン力や喋りのうまさや説得力など表面的なスキルが環境をよい方向に変えるのです。心に伝わらないと、そして行動を変えないと、結果へ導かないと、あなたの意見に価値はありません。後述しますが、グループワークは足し算ではなくかけ算。みんなが1でもあなたが2だと説得できれば全体は2になります。

4.罰がルールを作る。人は怒られないとわからない

ルールをルールたらしめているものとは罰なのではないでしょうか。警察に捕まりたくないから多くの人は痴漢をしません。もしこれが「痴漢してはいけません。でももしやったとしても罰は用意しておりません」なんてことになると、痴漢し放題です。やったぁ!!
……罰を用意していないルールはあってないようなものです。
覚えておきましょう。人は「だめ」と言われると「やらない方がいい」と受け取ります。実行して怒られてなんらかの罰を受けて初めて「こうなるのか!もうやめよう!」と理解します。
誰にでも経験があります。「あの宿題出さないとどうなるのかなあ?」いや、出せっつってんだろ!と学校の先生は思いますが、生徒にとって「宿題をやるかやらないか」の選択をする際に重要な判断材料は「やらないとどうなるか」です。

何も会議に遅刻したやつ全員に鞭打ちしろなんて言ってるわけではありません。罰には「信頼をなくす」といったポジティブな心構えを促すものもあります。ただしそのいずれも、わからせるには一度間違えさせる必要があるというところがミソです。あなたが指示を出す側の人なら、早い段階で違反するとどうなるのかわからせ、それにより空気を作ることが必要です。
指示を出す人は「なんでだめって言ったのにするの!」とか「なんでやれって言ったのにやらないの!」なんて怒りたくなるかもしれませんが、そもそも相手の気持ちになって考えてみれば、「それに背いた場合どうなるか」を提示してあげることが一番の判断材料を与えることになることを覚えておくとよいかと思います。

5.人が集まると当たり前のことが難しくなる
三人寄れば文殊の知恵と言いますが、知恵を絞ることとそれを実行することは別です。知恵を出す分には多い方がいいかもしれませんが、実行する分には多いほど難しくなります。端から見れば「やりゃいいじゃん!」「やめりゃいいじゃん!」と言ってしまえるようなことで、しかもそれを内部の人が聞くと「いや、その通りなんだよ」と答えてしまうような、つまり当たり前のことを実行するのが難しくなります。例えば、「これについて反対派の人がいるかもしれないからちゃんと全員集まって決めないといけないんだけど、なかなか全員集まらない」とか、「こうした方がいいのは明確なのにそれによるほんのちょっとした雑務をみんなが嫌がるから誰もやろうとは言わない」とか、「来るはずのアイツがなぜか来ない」とか理由は様々ですが、その多くがしょうもないことです。しかししょうもないことで「話が進まない」などデカい問題が起こるのも事実です。それを完璧に予防することは並大抵のことではありません。

僕の持論ですが、グループワークに参加している全員にちょっとした負の部分があります。「たまにさぼりたくなる」とか「たまにどうでもよくなる」とかです。誰にでもあります。逆に、正の部分も全員にあります。「お前が頑張ってんの見てるとなんかテンション上がってきた!みんな頑張ろうぜ!」とか、「ふと思ったけど、みんながいないとできないんだよな…グループワークすげえぜ!」とかです(そういうのない…?)。なんでもないことでこれらのスイッチは切り替わります。ぶれぶれです。
全員のちょっとした負が協調してしまうと、「みんな思ってるけど誰も言い出さない」などの意味不明な悲劇がいとも簡単に起こります。しかし、例えば全員いる場で先輩からのアツいメッセージが届けられると、全員のちょっとした正が協調して「うおーーー!!!!」ということになります。ご存知の通り、少なくとも日本では場の空気がものを言いますので、上に立つ人はこの空気をうまく動かし、正の協調を測る必要があります。……おれも……もっとしっかりしてれば……(←負)

6.専門知識から逃げるな
epa!はパフォーマンス班や服飾班など、班に分かれて制作していたのですが、他班のことは他班に任せる、なんて意識ではだめだ、ということはよく言われていました。パフォーマンス班は服飾班に対して、それを着て踊るという観点から意見を言っていいし、言うべきだ、という具合に。これはこれでよいことだと思うのですが、しかしここで間違えないでおきたいのが、「専門知識を身につけて話せ」ということです。「おれは服飾を専門にやってないから詳しいことはよくわからないんだけど、おれが思うに…」なんてぬかす愚かモンヌがいたら「わからないなら言うなー!!フランキーラディカルビイィーム!!!!」「ぎゃあぁぁぁー!!!」ということになってしまいそうです。
もちろん専門知識を三日三晩でマスターしなさいと言っているわけではありません。議論する上で最低限必要な専門知識は三日三晩で把握できるからそれくらいは勉強しろということです。

それに、他分野の専門知識が多少ないと、「これこうできないの?」「ああ…それは(専門用語)が(専門用語)で(専門用語)だからできないね(ほんとはめんどいだけだけど)」「そっかぁ…」なんてことが起こりかねません。特に機械などを扱う分野では専門用語ガトリング砲で素人をちょろまかすなんて朝飯前でしょう。

議論にちゃんと参加するために最低限の様々な専門知識をみにつけること。これは1.グループワークは手伝いではなく参加。仕事を見つけよ。にもリンクしている部分があります。

7.いつも正しい人にはいつも疑ってかかれ

いつも正しいことを言う優秀な人というのがいます。いつも状況を客観視できて、言っている内容がいつも的を射ていて、この人の発言には多くの人がとりわけ耳を傾けます。こういう人が会議に一人でもいてくれると議論が進みます。

しかし、こういういつも正しい人にこそいつも疑ってかかるべきです。少し大げさに言うなら、いつも正しい人は空気を作る力を持っています。「よくわからないけど、あの人がそう言うんだからきっとそうなんだろ」という根拠足り得ない根拠で議論を進めることは非常に危険です。いつも正しい人があとになって「やっぱ間違ってた!」と言う可能性もあるし、そのときあなたが「えー!お前がああ言うからそう信じたのにー!」なんて言うことはできません。論理的に何かを決定する場で「信じる」だなんて会議に参加していないも同然です。

いつも正しい人の言いなりになっているといつかみんなで痛い目を見ます。
いつも正しい人がそれらしいことを言うたびに、「本当にそうかな?」と心の中で疑ってかかりましょう。いつも正しい人が悪気なく古代兵器を復活させてしまう前に……

8.「みんなで話して、……ってことになった」は危険信号

ここで言いたいのは「会議での決定事項は空気ではなく人が決めるべき」ということです。「昨日会議で〜ってことになったから」という言葉をよく耳にします。ってことになった、って、何??

休んでしまった会議での決定事項を聞いて、相手が「ってことになった」と言ったら、「誰がどういう意見を出してそうなったのか」と、理由とそのプロセスを聞きましょう。そこで相手が「あれ、なんでこうなったんだっけ」となったらそれはもう全国ツッコミ王選手権開催ものです。人の意見ではなく雰囲気で決まっている可能性大です。

会議は人との戦いではなく空気との戦いだと思います。場の雰囲気ではなくはっきりした根拠の元結論が導き出されるべきです。しかしこれがなかなか難しいものです。前述したいつも正しい人に影響されていないか、空気に流されていないかよく見極めることが重要です。

会議の内容を別の誰かに自分の言葉で説明できるかどうか、それで会議の雰囲気を知らないその相手を納得させられるかどうかが、理屈の通った会議かどうかを見極める判断材料となるでしょう。

9.自分を必要としない組織を作るのがリーダーの仕事

リーダーの話ですが、これは僕がとても反省している点の一つで、リーダーの仕事は自分を必要としない組織を作ることだ、ということです。実はどこかで目にした言葉のウケウリなんですが、とても共感しています。つまり、「リーダーがいてくれたおかげで助かりました!リーダーありがとう!」なんて言われたいがためになんでもこなしていてはいけないと思うのです(過去のおれ)。みんながやらないからここはおれが、と誰でもできる雑務や事務仕事を懸命にやればやるほど、周りの人は「別にやらなくてもリーダーか誰かがやる」と考えるようになる一方です。

どうしても「必要とされたい」と思ってしまいがちですが、全く逆で、望ましいのはリーダーは必要最低限の指示(方針や重要な部分)を出すだけでそれをするにはどうすればいいかをスタッフ一人一人が自分で考えるという情況です。リーダーがいなくてもすべきことがわかっている、という自分を必要としない情況を作ることがリーダーの最大の仕事だと思います。

10.グループワークは足し算ではなくかけ算である
なげえ〜〜〜。もうクタクタだ。でもこれで最後になります。
グループワークは足し算ではなくかけ算だと思います。

人を何人集めたところでそのやる気や才能を引き出せなければ、全体は0のままです。どんなにやる気のある人がいても、少数のやる気ゼロ野郎がいるだけで全体は0になりかねません。

また、力仕事などでは別ですが、こと企画やアイデアを練りながらの制作においては、人手が足りないからといって人を増やしたところで、よくなるかどうかは加わった人次第です。

ここで言う数字は、言うならばやる気や意欲、スキル、費やした時間などでしょうか。これらは全員が少しずつ持ち合わせるだけで全体で見れば大きな力になりますし、個人が少しずつもっと頑張るだけで全体の成果は跳ね上がります。

自分がちょっと頑張ったところで全体は何も変わらないと思ったら大間違いです。自分が倍頑張れば、全体は倍よくなると考えましょう。逆に自分がちょっとさぼれば、周りもさぼりがちになると考えましょう。なぜなら、自分の打ち込み具合を周りの人は見ているからです。この数字は相乗効果で上がったり下がったりします。

最後になりますが、グループワークで何を得られるかは自分次第です。何かやってみたい、忙しくなりたいなどのぼんやりした目的でサークルなどに入る事自体は僕は悪いことだとは思いません。僕のそのクチです。ただし、サークルや団体は、あなたに何も与えてくれません。入ったらいろいろ教えてもらえていい経験になる、と思い込むのは間違いです。団体が唯一与えてくれるのは「環境」だけです。その環境の使い方はあなた次第です。人脈を増やすのは自分のコミュ力次第。スキルを身につけるのは自分の仕事探し力次第。そして全ては自分の意欲次第でしょう。

社会はグループワークで成り立っています。人が手を取り合って生きているからです。グループワークが嫌いな人が多いようです。確かに大変だし面倒ですが、それでも僕はグループワークが好きですし、多くの人に積極的に取り組んでほしいと思っています。

そこで得られる経験はすべて吸い取るつもりで貪欲に参加しましょう。それがグループワーク全体としてもいい結果を生むことは間違いないのですから。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
素敵な体験をさせてくれたepa!11,12の皆様に感謝します。

2年間ありがとうございました。

epa!11パフォーマンス班 epa!12総演出 山口翔平

最近本読んでる

こんにちは。雨っていうだけでリポビタンD6本分ぐらいのエネルギーが一気に無くなるキカイジカケの山口です。

最近、やっと本を読む習慣がついてきたなーと思うので今日はこれをネタにしようかなと。

「本をたくさん読め」なんて学生であれば色んなところで耳にすると思います。こないだムサビで課外講座をしてくださったアートディレクターの水野学さんも、「一週間に3冊なり5冊なり読め」とおっしゃってて、まあここまで色んな人に言われたら読むにこしたことないのは間違いなさそうだということを考えます。

もちろん生粋の三日坊主である僕は今まで何度か「本を読もう!」と意気込んでは何冊か買って、途中まで読んで、やめてを繰り返してきたわけですが、最近ようやく継続的に読めている実感(長めの三日坊主ってだけかも)があります。

で、僕が感じるのは、中途半端な読書は逆効果だな、ということ。

本の著者は基本的にある程度偏った意見の持ち主だと思ってます。というか一般論を述べてる本なんて誰も読みたくないし。となると、読書を中途半端にする人は偏った知識が入ってくることになります。読書はがっつりして初めていろんな意見を聞くことから客観的に自分の考えを練ることへ繋げられると思うんです。

とか言いつつ僕もまだまだ本を読むたびに「うおーすげー!!」とか言ってるのでまだまだ中途半端な量だという自覚があるのですが……

でもちょっと前に痛感したのは、「ビジネス本の受け売りを話すと友達に痛い目で見られる」ということですな(笑)

中途半端な読書は逆効果、っていうのはこんなところから思うわけですが…

自分の意見が何かしら言えるようになるためのインプットとして本を読むんであって、受け売りはもうそれだけで「こいつ博識気取りだなワロス」と思われてしまうと思います。もちろん受け売りをさも自分の意見のように言ったところでバレると思います。まあ恥ずかしながらそういう経験があるわけでして……

ちょっと前まで、結構長い期間周りから冷たい目で見られてた自覚があります。こいつ頭おかしいんじゃないか、なんか変な方向に走ってるんじゃないか、みたいに思われてたんじゃないかなーと思う時期があります。(もしかしたら今も思われているのかもしれないけど、まあそのときはそのときでスーイサイド!!!!!)

……まあ勉強あるのみということでとりあえず週に何冊かとかは決めずに今の感じを継続出来ればなと、ゆるいですがそんな風に思ってます。どうせ週に何冊とか決めたって、こと読書に関しては息苦しいだけだし、何より本によって文字数は大差なくとも読み進められるスピードって全然違うじゃないですか。読んでて「なんだかな〜」と思う本はガンガン読み飛ばしてそれでも読めたってことにしちゃうし、「世界デザイン史」とか、今1年以上ぶりに再読してる長澤教授の「インタンジブル・イラ」なんて読み進めるのがかなり時間かかる(面白いから読めるんだけど)。

今はなにより僕本人が好きで読書をしてるから続けられてるんだと思ってます。そういうアンテナができたってことなのかな〜

デザインラウンジトップデザインセミナー第七回レビュー

行ってきました。デザインラウンジ。講師は東京大学i.schoolディレクターの田村大さん。他にもいろいろしてる人です。いろいろ聞いて来ました。最後にちょっと寝ました。後で直々に謝りました。手羽さんにも怒られました……。

でもね、なんかすっっごいいいアイデアを夢で見たんですよ。見た気がするんですよ。気がするんだけど全然思い出せないのでやっぱりただ失礼だっただけっていうね。一番前の席で爆睡してすみませんでした……

でも内容はちょくちょく「ほおお」って思う内容でした。特に面白かったのは「新しい行動、習慣、価値観に不可逆の変化をもたらすもの=イノベーション」って話ね。今日はこの話して終りね。

田村さんは自身のやりたい「デザイン」を「イノベーション」と言い換えていました。まあそうも言える気がするなーとなんとなく納得。

「アイデア」→「新しい習慣」じゃなくて

「新しい習慣」→「アイデア」のプロセスで考えようよ!!ってことも言ってました。僕の脳内変換ではこれは、

「おもしろアイデア出して、そのアイデアに価値をつけるためにはどんな活用方法があるか考えればよい!!そうすりゃ売れる!!ウヒヒヒヒ!!」じゃなくて、

「俺たちの暮らしをこんな風に変えたい!!こうあるべきだ!!そのためには何をどうすればいいだろう!!こうだ!!どや!!」のプロセスで考えようよ!!ってことなんじゃないかなと。

これはとても大事なことだと思う。でもこれって僕の中では結構前からすごく当たり前のことで、衝撃はなかった。なんせ、アイデアに存在価値をあとづけすることの虚しさについては課題発見(授業名)の時に散々味わっているので(笑)

本当に意味のある価値のあるもの、ことを作ろうと思ったら並大抵のアイデアじゃだめで、大抵のグッドアイデアは出きっているんだよね。当然ながら。

「僕デザイナー!アイデア出すよ!今までこういうのなかったよね!だから作ったよ!実用的ではないかもしれないけど今までこういうのなかったし、アイデアとしては面白いから買ってよ! 」なんて言っても誰も買わない。本当に必要な価値のあるものを作れないデザイナーは必要とされない。でも必要なものなんてことごとく既に誰かに作られている。だからデザイナーはやることがない。だから頭をひねらないといけない。

思うんだけど、デザイナーはスポーツ選手というよりは科学者に似ている気がする。後に生まれた人は先に生まれた人の功績を応用し、時代、科学、文化などの発展と変容に伴い、倫理的側面とも対応しながら自分で自分の存在意義を見出し頭と手を動かし続ける。それがデザインであるとするならデザインが広義的になっていくことも無理はないと思う。

だからデザインは、ある特定の分野を対象とする必要がない。デザイナーはいろんな分野の知識をつけないといけない。そしてそれらの知識を結びつけて再構成しなければならない。だからムサビには心理学とか経済学とか生物学、社会学、論理学、etc…がある。デザインだけできるデザイナーには本当に価値のあるものが作れない。

とまあ、ね…もう完全にレビューから持論に話が流れた軌跡をここまで明快に示した教材もなかなかないんじゃないかと!!!悪い例としてご参考まで!!書いててひらめいたら脱線してでも書いちゃう!!語っちゃう!!どうも、山口です!!お後がよろしいようで!!

Have a good night sleep for ever!!!!!!!!

先生を過小評価スべし

こんばんは。昨日グラフィックデザイン基礎という授業の打ち上げであいも変わらずしゃべり倒してきました山口です。

さて今日は強烈なタイトルをつけました!先に要点を言っとくと、「先生と自分の間に自分で壁を作るな」って話です。1年生の頃、大学の先生と気軽に話せたらどんなにいいかとは思うけど、勇気がなくて一歩踏み出せない、飲み会とかの場でさえ少し距離は縮まるにしても誰かが話してたらそこに入っていけない…なんて悩みを感じていました。

その悩みを僕がいつもどうやって解決しているのかを書いてみたいと思います。

自分に勇気さえあれば動けるんです。その事実は明白なんです。そこでこんな風に思い込むことにしました。

「このおっさん、ほんとは大したことないんじゃないの?」
そう、目の前にいる憧れの先生に対して過小評価するんです。「こいつはただのおっさんだ」と。こんなに失礼な話は他にありませんが、心の中だけの話なので大いに結構です。いろいろ想像してみましょう。
このおっさんが妻に鼻で笑われているところを。
このおっさんが夜いびきをかいて寝ているところを。
このおっさんがささいなことで一喜一憂しているところを。
ただのおっさんです。ただちょっと自分よりデザイナー歴が長かったり、特殊なスキルを持っているだけです。何年もやってるんだからそりゃそうです。このおっさんも知らないことなんか山ほどあります。そしてその中には自分が知っていることもあります。この部分を飲み会で面白く話せれば先生が自分の話に興味を持ってくれる可能性は大いにあります。(僕は昨日できませんでしたが……)

とにかく自分がびびってしまって先生に話しかけれない場合は先生を過大評価してしまっていると思うんです。だから過小評価してゼロにしましょう。ゼロとは仲のいい友達と同じ感覚です。最低限の敬語と礼儀と態度ができていれば心の中の過小評価は失礼に値しません。むしろ先生は生徒に話しかけてもらいたいからこそ飲み会に来ているし、教育がしたくて大学にいるんだから熱心な学生をそうつき返したりもしないと思います。

それからもう一つ、僕が教授や先生と話すときに心がけていることは、「自分の無知をできるだけ晒す」ということです。

例えば先生が「この時代は今と違って国がデザインを引っ張っていってたじゃないですか」なんて言い出したらおそらく多くの学生の頭に浮かぶのはこんなことです。
「国が、って、どゆこと?具体的に誰が?」
「引っ張っていくってどゆこと?何したの?」
「逆にその時代以外は何がデザインを引っ張ったというの?今はどうなの?」
こんな疑問を全部さらけ出しましょう。ゆとりだろうがなんだろうが知らないものは知らないのです。自分の無知っぷりが平均だろうが極端だろうが自分が知らないことを恥じてはなりません。知識を脳みそに叩きこむ最高のハンマーは「恥」です。赤っ恥をかいた時に入った知識を人は忘れません。(パンツ一丁になって質問するとかではナイヨ!☆)

先生は自分に失望するでしょう。目の前の人間の愚かさに絶望し、呆れ果てるでしょう。でもわかってもいないのにとりあえず頷かれること方がよっぽど話の空振り三振であることに先生も気づくはずです。

「先生の想像を(おそらく)絶するほど学生のレベルが低い」と僕はデ情にいて感じています。先生、こんな素人相手に、つまんないだろうなー、と思います。じゃあ僕たちは成長する必要があります。じゃあそのためには現状を晒さずに隠すことは逆効果です。先生から、「国が、って、どゆこと?具体的に誰が?」の答えを引き出すことが出来ればちょっとは賢くなれるはずです。

さっき出てきた「過小評価して友達と同じ感覚で話す」ということがこれにも言えます。友達の話の中で知らない単語が出てきたら普通に聞くでしょ?それと同じ感覚で聞いた方が得です。

大学に払ってる授業料のうち、授業を聞くことによる発生料金は全体の半分にも満たないと思っています。その大半は「環境」への投資です。先生に毎日なんでも聞ける環境に価値を見出し、活用しましょう。
そのためにも、先生との壁を作らず、無知を晒す。これが大事だと思うのです。

(しまった…おふざけコメントが後半のパンツ一丁しかない……)

友達に背中押して貰った話

僕の自分追い込み方法の話なんですけど、昨日、同じ学科の子何人かと飲んだんですが、そこでwebを精力的にやってる友達に「ぐっさんは、考えるのもいいことだけど手を動かしたほうがいい」と言われてしまって。僕はFacebookとかでデザインについて思うことを投稿したりするんですが、恥ずかしながら自主制作をひとつも作ってないんですね。「口先だけ」と言われても仕方ない状況でして…

そこでガツンと言われてしまいました。でもこういうのって自分のこと真剣に考えてくれてる人じゃなきゃ言ってくれなかったりする。だから思った。やべえおれ本気で心配されてるwwありがとうふじしゅんww

認めマス。俺は口だけだ……

ということでその友達と契約交わしてきました。自分がやる気出そうな罰を考えました。宣言しとくぜ!!

「私、山口翔平は、西暦2013年1月19日23:59までに自分のポートフォリオサイトを制作し、インターネット上に公開して、リンクを添付したメールをふじしゅんに送信出来なければ、ふじしゅんにiPad mini ブラック32GB(¥38,552)をプレゼント致します」

どやっ!!ガチやで!これくらいやらねェと この俺は一歩も動かねェ!!!(ドン!!)

しかも!!金だけじゃ現実味がないので自分がちょっと「欲しいなー!」と思ってるものをプレゼントする形をとることにより!!「なんでおれが欲しいところをてめえにやらなきゃならねえ!」という悔しい気持ちも沸き起こり!!尚且つふじしゅんも欲しいだろうiPad miniを出すことで期限まで目を見開いて監視し続けてくれるだろうというまさに完璧な…罰!!!(笑うとこ)

……いや、デザイン組むとかもの作るとかなんでも、やりだしたら楽しいんだけど、てかやってる自分が好きなだけなんだけど、それをやるやる気が自発的には起きないんだよね…クソなんだよね…背水の陣にならないと作らないクリエイターなんてクソだよね…でもそういうどうしようもない人も実際にいるんだよね…ここに。

でも本当、こんなやり方でもなんでも、これから手え動かしていろいろ作ってこうと思います…