月別アーカイブ: 2013年3月

「就職」って職種によっては思ったよかちっこい

こんにちは。いよいよ明日明後日でロンドンともお別れです。日本に帰れる。日本に帰れる。帰ったら友達と飲むんだ。友達と、日本語で、バカな冗談言い合うんだ。ガストンです。

【今日のまとめ】

転職というものがあるくらいだから就職っていうのはそれだけで人生決まるようなだいそれたことじゃないんだよなー、人生長いしな〜

【順を追ってはじまりはじまり】

今日ショートコースのクラスメイトの日本人の友達Mさんと夕ごはんに行きました。彼は34歳で20歳の僕より断然年上なんですが、webデザイナーまたはプログラマーへの転職をちょっと考えているということで、僕もwebデザイナーを目指してて勉強しているということで、色々お話させて頂きました。プログラマー、という職種がどんな言語を扱うのかとか実際どんなことするのかよくわからないのでそちらについてはあまり参考になることは言えませんでしたが、webデザインについて学んだ僕から言えることを話してました。

webデザイナーになるためにデッサンはいるのか、デザインていうのは才能とかではないのか、アーティスティックな感性みたいなものは必要なのか、プロのwebデザイナーになるにはどれくらいの時間が必要なのか、34歳から始めても遅くないのか、専門学校を卒業しただけで就職できるのか、給料はどんなもんなのか、業界全体の景気などなど…

高校3年間デッサンを学んで美大に現時点で2年通ってその過程でダブルスクールで専門学校のwebデザインコースを卒業した僕から言えることは全部お話させて頂きました。

いくらか参考になれたようで嬉しかったのですが、僕が今日そんな「何をどうやったらwebデザイナーになれるのか」という話を30代の大人の人にしていて思ったことは、就職というのは職種によっては思ったよりもちっこいなーということです。

例えば、専門学校のwebコースは平日昼コース(フリーターの人やガチ転職を考えてる人が大体受ける)とか受けて、家でちゃんと復習もして授業についていけてる状態で普通に半年くらいで卒業したら、その時点でwebデザイナーとしてやっていける技術は身に付いているはずです。選ばなければ職はあると思います。webは技術職ですが、マスターするのに何年もかかるなんてことはないです。

僕はMさんに、今からでも全然なれると思う、と言いました。そもそも業界自体が5年おきに必要なスキルが確実に変わるような業界です。技術さえあれば年齢やバックグラウンド関係なく仕事が手に入ると思います。

僕はそんなことを言いながら、「就職」をMさんみたいな視点(簡単にいえば転職)から考えたことなかったなーと思いました。大学卒業したらどうするか、ということしか考えたことがなかったので、その先にある「転職」はそれはもうぼけーっ!!としか考えてませんでした。というか考えてませんでした。というか存在しないものかのように思ってました。

Mさんのこの言葉が印象的です。

「人生がみんな50歳とかで終わるんならおれも残りの人生適当に暮らすんだけどね~。大体みんな80歳まで生きるみたいだからな〜」

人生は長いです。僕まだ20歳だけど、今までのすべての人生が丁度あともう3回あるとかちょっと信じられません。長すぎワロタです。

僕も、将来転職する可能性があります。人生は長い暇つぶしだというのがマイフィロソフィーですが、ほんとになげーなと、人生何があるかわかんねーよなと。

すごい年上でしかも自分と全然バックグラウンドが違う人と話すのっていいなと思いました。

セントマ体験記1

こんばんは。鳩が首を歩くたびにカクカクさせてるのは疲れないのかなー、と思いきや鳩にとってあれは人間が目をキョロキョロさせるのと同じぐらいしか疲れない動作なんだって。んなばかなあ〜。ガストンです。

今僕が通っているロンドンのセントラル・セント・マーチンズっていう学校のグラフィックデザインフォービギナーっていうショートコースの体験記書きます。

その前にまずセントマ自体の体験記。

セントマはムサビと違って校舎がいくつかある。少なくとも僕はロンドン来てから3つ見た。でもどれも小さい。キャンパス、というよりはビル。一番でかいのであろうセントラル校でさえ、ムサビみたく敷地があって何号館とかが何個もあるんじゃなくて、でっかい建物が一個どん!ってあってその建物の中に色んな学科が入ってる感じ。というわけで、第一印象は「しょぼいなー」でした。だって、ねえ。ちっちゃいじゃん。とは言っても中の設計やらインテリアやらはさすがかっこいい。で、どこの校舎も、中に入るには生徒しか持てないIDカードがいる。校舎内のカフェや画材屋もこれがないと利用できない。外部の人は探検さえできない。

ほんで、グラフィックデザインのフォービギナーの体験記。

生徒の数は15人くらい。コーヒーブレイク(小休憩)と昼休みも入れて10時から17時。この授業のテーマはコンピュータを一切使わずグラフィックデザインを学ぼう、というもの。今週はイースターという祝日の関係で4日間だけの授業(たぶんいつもは5日間)です。先生はグラフィックデザインとか他にも色々やったことあるらしい人。

授業内容は、色んな感情や「象の求愛」や「忙しいマクドナルド」をグラフィカルに表現してみよう、とか、ロゴを作ってみよう、フォントやグリッドデザインについて学ぼう、とか、そんなの。「描いてみよう系」はどれも所要時間5分とか10分とか。あるいは宿題で出る。まだ2日目が終わっただけだけど、なんとなくデ情1年でやったことに似てる感じ。楽しいっちゃ楽しい。時間配分は描くの3割とみんなが描いたのを壁に貼ってみんなで見ながら「これいいね」とかの意見を交わすの3割(こういうのはデ情ではほとんどないよね)と先生が前で喋るのを聞くの4割。これらを繰り返す。ちなみにこの話聞くの4割のうち9割が聞き取れない。あまりにわからないと疲れるしつまんないし眠くなってくる。

授業受ける上で一番のネックがやはり英語。英語が聞き取れないのが悔しい。みんなの作品に意見言う時間も、思ったことがうまく言えなくてもどかしい。自分の作品について喋るのも最低限のこというのに精一杯。授業をちゃんと楽しむには英語力が全然足りなかった。

それからやっぱり、フォービギナーというだけあってデザイン初心者を対象にしてる授業であることは明白。先生は生徒の作品どれもに対して基本的に褒める。ほぼ全部ベリーグッドって言ってる。まあフォービギナーって感じ。

この授業でやってることは日本でもどっかのワークショップとかで似てることできると思ったけど、先生は英語で何やらおもしろそーなこと言ってる感じが伝わってくる。内容は理解できないんだけど。だから余計に悔しい。

それから、昨日その授業とってるロンドンで生まれ育った友達(もちろん英語ペラペラ)と放課後駅まで歩いたときに、僕が「パソコンが恋しい」と半ば冗談で言ったら、彼は「パソコンばっか使ってるとどんどんクリエイティビティが失われていくよ」と返した。あそこまでさも当然という風にそんなことを言われたことはなかったからちょっとびっくりしたけど、間違いではないかもねーと思う。

これからも間違いなく僕はパソコン大好きのままだけど、手を動かすこと、スケッチブックと鉛筆を持ち歩くことは続けようと思った。

留学先で授業をさぼることにした

こんばんは。「おれお前がどんな人生歩もうがほんとにどうでもいいからね」って赤の他人に言ってみたい。でも失礼だからそんなことしない。ガストントンです。

概要 : ロンドンまできたけど留学先の授業が面白くなかったからキャンセルしました。

前置き : 今短期留学でロンドンに来てます。語学学校に2週間通い、その後美術系の大学に2週間通って合計1ヶ月で留学は終わりです。美術系の大学はセントラル・セント・マーチンズっていう世界でも有名なアート・デザイン大学で、そこが春に開講しているショートコースの授業を受けに来たのです。僕が予約したのはクリエイティブ・ドローイングとグラフィック・デザインforビギナーっていう2つのコース。どちらも1週間で終わるショートコースです。今、留学4週目。

内容 : 先週の月曜がクリエイティブドローイングの初めての授業でした。ドローイングの授業です。これが、面白くなかったんです。面白くなかった理由は2つ。

1つ目は、授業内容が簡単で単純でつまらなかった

2つ目は、先生の言ってることが日本の美術教育とあんま変わらないように思えたから。

1つ目の簡単だったってのはまさにそのまんま。ただのドローイング。「じゃあ今度はこういう持ち方で筆を持ってやってみよう」とか。つまらなかった。

2つ目の日本の美術教育と変わらないというのもそのまんま。ただのドローイングなら受験時代に嫌というほどやった。そして、おれがうけたドローイングのコースの先生は授業の初めにしばらくドローイングにおける大事な考え方について話してくれた。それは山口の苦手な抽象的な話だった。英語なのでよく聞き取れなかったが、授業が始まってからも大事なことは先生が繰り返していうから大体わかった。見るな、感じろ、ということを言ってる。モデルは女性の裸体だったが、手をかざして長さを測ってたらやめさせられた。感じろ、と言ってる。「正確に描く必要はありません好きなように描きなさい」という日本の教育に似てるものを感じて、嫌だった。

僕はショートコースの2日目の朝授業前、先生に相談した。

「この授業は僕には簡単だし、日本で似たことをやりました。ショートコースを変えたいです」

話はすごくすんなり通って、コースを変えられることになった。同じ料金のコースに今から変えれるっぽい。想像以上に柔軟な対応にびっくりした。すごいぞセントマ。日本じゃこうはいかないんじゃないか。

で、そこからは事務の人のとこに行って、理由ももっかい話してコースを変えようってことになって、同じ週にやってる別のショートコース一覧を眺めた。1つだけ目を引く項目があったが、そのコースは定員いっぱいで無理だった。まあ柔軟な対応とはいえそういうこともあるよねセントマ。

で、結局、その他の「んーまあまあ面白そうだね〜」と思うショートコースと家で黙々とwebサイトの制作をすることを天秤にかけたら、後者が勝っちまった。やっちった。

で、結局、その日は夕方に帰ってそこからその週、土日も含めて(動物園行くつもりだったけど外は寒かったしwebは熱かったしでやめた)ずっとweb制作してましたワロチ。

これは怒られるんじゃないか。さすがに留学の費用払ってくれてるご両親にも感心されないんじゃないか。ロンドンまで来て何やってんだ。

反感をくらうのはわかる。だがおれがロンドンに来た理由はドローイングがうまくなりたかったからじゃない。同じドローイングの授業といえども日本とロンドンとじゃ教育の方針が違うよ的なことを小耳に挟んだからだ。でも一緒のように感じたんだ。我ながら落胆したんだ。しかもその時web制作がまじではかどってて楽しくて楽しくてしょうがなかったんだ。僕は楽しい方を選んだ。お金を無駄遣いしたとは思う。もっとクリエイティブドローイングというショートコースがどんなもんなのか調べてから決めるべきだった。雰囲気と勢いで決めたからこうなった。でも留学なんて雰囲気と勢いに身を任せないと踏み出すことさえできなかったじゃん1ヶ月前のオレ。勇気振り絞るのに精一杯でコースの内容とか「どうせどれもおもろいやろ!ロンドンなんだから!」と思ってた。

全然違った。日本にも楽しいこととつまらないことがあるようにロンドンにも楽しいこととつまらないことがある。「外国」は行ってしまえば「外国」でなくなる。そこには街があって、家があって、生活があって、日常があって、暮らしているのは日本と同じ人間だった(おっいいこと言った?)。

ロンドンに来て気づいたこと。ロンドンはすごくない。そもそも国規模ですごいだの言うもんじゃない。国なんて存在しない。存在するのは人。よいかイガラム、国とは人なのだ。byコブラ(ONE PIECE)

今ロンドンでグラフィックデザインフォービギナーっていう別のショートコースを受けてる。そこの先生はおもしろい。よかったこの授業受けて、と、ちょっと思った。おれは、おれが国を渡る理由はそこの国土に足をつけることではなくてそこに住んでるおもろい人に会うことでありたい。

そんなことに気づけた留学。自信作のwebサイト作れた留学。悔いはない。お金は無駄遣いしたかもしれないけど、時間は無駄遣いしなかったと思ってる。どうですかね。

語学学校体験記3 -英語は英語で学ぶべし(だそうだよ)-

「はぁ?」は英語で「I don’t know what you mean.」です。英語って難しいね。グッスントンだよ。

語学学校にきて、初めて「英語を英語で学ぶ」ということをしました。これが以外と可能なことだと知りました。最初は、「だって英語がわからないから英語勉強しに来てるのに、全部英語で授業されたらわかるわけないじゃん」と思ってましたが、もう全然、余裕でできると知りました。しかも日本語でやるより断然「よさげ」です。今日はそれについて。

例えば「過去形」は「past simple」です。「過去進行形」は「past continue」で「過去完了形」は「past perfect」です。考えてみたら当たり前だけど、ちゃんと英語でも文法のルールとかの表現が用意されてるわけです。そういった単語を使って文法を勉強していくわけです。わからない単語が出てきても、「I don’t know this words.」って言ったら先生が似た単語や例文を駆使して説明してくれます。説明が難しい単語も、「こういう状況でこういう風に使ったりする」という風に説明してくれます。そしたら割りとわかります。

先生の言ってる内容が半分くらいしか聞き取れなくてもなんとか授業はついていけます。周りを見たら今何をすべき時間なのかは大体わかるというのは日本の学校にいても誰もが気づくことです。

そして、こっちにきて英語で英語を勉強するということを初めて経験したわけですが、先生達が口をそろえて言うのは、単語力も文法もとにかく英語の勉強は英語でしろ、ということです。僕は大学受験の時に愛用していたシステム英単語という単語帳を使ってこっちにきてからも多少勉強していましたが、それは日本語→英語の流れで頭に入れるわけですが、こっちの先生は英語→英語で理解しなさいというわけです。実際、語学学校の授業中に、和英、英和辞書を使ったら怒られます。辞書も、英和とか和英ではなく英英辞書を使いなさいというのです。最初は、んなむちゃな!!と思いましたが、こっちでバイトをしながら10ヶ月語学学校に通って本気で将来を変えようとしてる韓国人の友達もそうしていると聞いて、そんなもんなのかなーと思い出している今日この頃、というか今日、です。

また先生は、英語の新聞を毎日ちょっとずつでもいいから読みなさいと言います。わからない単語が出てきても、推測しながら読んでいくことが大事だと。似たことをホストファミリーのお母さん(建築デザインの先生をやってるぽい)が言ってました。部屋にこもってガリ勉するよりもテレビとか映画を英語で見まくってシャワーのように英語をたくさん浴びることが大事だと。聞いたときは受験勉強時代に信じて疑わなかった学習方法とは真逆のことを言われて驚きを隠せませんでした。むしろ受験時代は、参考書読むよりも英語でテレビとか見るほうが効果的だったらそうするのになーと望んでいたことでした。もしかしたら、センター試験対策と実用英語対策の違いなのかもしれません。

英語→英語の単語帳を読んでみようと学校の図書館(先生にそういう参考書が欲しいといったらそこに行けと言われた)に行ってみたら、そこには確かに「vocabulary」と書かれているが「単語帳」と呼ぶには程遠い、まさに英語の教科書のようなものしか置いていなかったのです。どういうことかというと、日本でおなじみターゲットやシスタンのような単語が羅列してあるようなページは全くなく、英語の教科書のようにA君とB子さんの会話や、レストランのメニューや、やたら物事が多く盛り込まれている賑やかな公園のイラスト(滑り台に①と書かれていてイラスト下に①slideと書かれているみたいな)などなどがたくさん乗っていて、vocabularyの羅列はページの隅っこにおいやられている、といった感じのページ構成です。まさに英語の教科書です。問題文も英語で書かれた英語の教科書です。

子供だましだ!!と最初は思いましたが、実際、英語という「言語」の知識を「暗記」するということには元々違和感を感じていて、こんな子供だましみたいな学習方法でネイティブは母国語を学んだ(イラストの下に単語が書かれてる絵本など)と思えば不思議ではないかも、と思います。今は語学学校の先生の言ったことをひとまず信じてます。

だって英語で英語を理解するのって、すごく楽しいんだよ。日本語を間に挟まずに脳みそに概念が入り込んできてダイレクト理解できるんだよ。こんなの大好きよおれ。「ああー!!はいはいなるほどね!!」って英語でなんて言うのか知ってたらおれ、脳内再生数半端ないことになってると思うよ。

だからとりあえず英語で英語を理解するの頑張ってる。

ついでに和英も英和も電子辞書も紙の辞書も日本から持ってくるの忘れた山口には朗報なのでした。

語学学校体験記2

こんばんはガストンです。ロンドンで日曜日をwebサイト作成に捧げました。観光より楽しかったです。

短期留学開始からちょうど1週間がたちました。感想としては、短期留学、思ってたより大したことないなーという感じです。といっても、「海外留学」というものに対して誰でも過剰なイメージを持っていると思います。英語難しそうとか手続き大変そうとか体力使いそうとか人生観変わりそうとか素敵な出会いがありそうとかとにかくすごそうみたいなね。でもやってみたら当然ながらそういった漠然とした先入観がバッチリ的中するはずはなく、なんでも慣れればショボく見えるもので、一週間ともなるともうまるで最初抱いていた素敵なイメージはないわけです。でもそれは決して思ったよりつまらない、というわけではなく、抽象的なイメージが具体的な経験に変わってキラキラしたものではなくなったというだけです。

そしていろいろ具体的にわかってとても楽しい留学体験を今しています。

英語を勉強したのにそれを仕事に活かさずに一生を終える人はどのくらいいるのでしょうか。かなりいるんじゃないかなーと根拠もなく直感でそう思っている今日このごろです。語学学校に通ってまだ一週間ですが、自分が何をどのようにどれだけ頑張れば英語圏で仕事ができるくらい(日本語くらいぺらぺらということ)のレベルに達せられるのかがなんとなくわかってきたような気がします。なんとなくわかってきた具体的なことを今日は書きます。

語学学校にきて間もなく気づいたのは、自分は日常生活をするのに必要な最低限の英語力は持ち合わせているということです。お店での買い物、路線図を読むこと、人に道を聞くこと、相手が会話の中で自分の知らない単語を口にしたら「それはなんて意味??」と聞くことができる、などです。もし僕がホームステイや寮生活をしながら語学学校に1年通わなければならないとしたらそれは可能だということです。

でも、お店でアルバイトをするとなるとそれは多分ムリです。あまりに頻繁に「ちょ、今の単語どゆ意味??」と聞いていては仕事にならないと思いますから。さっきの「最低限の日常英語」がレベル1だとしたらこれはレベル2です。さらにレベル3は、お店のアルバイトではなく正社員になるだとか、海外でwebデザイナーとして働くとかではないかなと勝手にランク付けしてます。

さらに留学で気づいたのは、どうやったらそのレベルがあがるか、です。

日本で英会話教室に通い駅前留学することよりも実際に海外の語学学校で学ぶことが優れている最大の点は、放課後も英語漬けになれるということです。つまり友達さえ作ってしまえば授業は放課後も、しかも無料でずっと授業が続くわけです。しかもマンツーマンだったりします。語学学校で相手も自分と同じ英語を学ぶ身なので、自分の英語での喋りが遅くてもある程度待ってくれます。ネイティブではなくても英語をある程度話せる相手との会話は自分にとって十分な学習となります。

そういった、毎日英語を喋れる環境を作ることができると何がいいかって、昨晩家での勉強で覚えたフレーズを今日試せる、ということです。こんなに素敵な環境は日本にいては手に入りません。これめちゃめちゃやる気出ます。膨大にある英語のフレーズや決まり文句などは何度も繰り返し実践的に使っていかないとスラスラと口から出てくるようにはなりません。僕は英語の先生ではありませんが、最近直感でそう感じています。

例えばexactlyって単語。会話の中で相手が的を射たことを言ったときなどに「その通り!」みたいな意味で使いますが、こんなの、相手が一回言ったのを聞いて、「その通り!みたいな意味だろな」とわかって、自分も会話の中で勇気を出して使ってみて、そこで相手が「?」な顔をしなければ「よし使い方あってる」と確信出来ますよね。そうなったらもうexactlyは忘れません。次からはポンポンexactlyが出てくるようになります。

そういう単語をどんどんどんどん増やす。するとどんどん「英語ができる人」とやらに自分が近づいて行ってることに気づきます。それが英会話のレベルをあげるということじゃないかと思うようになりました。

ですがあくまで「英会話」のレベルです。「読み書き」はまた別です。読み書きに関しては海外留学してて勝手に上達するなんてことはないなと感じています。家で教材開いて文法なり長文問題なりガリガリ解いてた受験スタイルがよほど上達する(上達とは英語の新聞とか文章が読める、長文が書けるということ)と感じています。あくまで「感じて」いるだけですが。

スピーキング、リスニングは直感で言えば、半年かあるいは一年または数年(期間は全然予想がつかない)向こうで住んで24時間レッスンの環境を整えないとなかなかレベル3(上記の就職レベル)には達しないんじゃないかと思います。

リーディング、ライティングに関しては逆に(読み書きの教材やりゃいいわけだから)環境は日本でも整っているといえると思います。日本にいる間も海外留学中もがりがりやったらいいと思います。僕も今システム英単語とかやって語彙力増やしてます。

ぼくの場合、海外で英語を使ってwebデザイナーとして仕事をしたいというのが選択肢の一つにあります。今はまだあくまで選択肢の一つに過ぎず、やりたいこと探しを続けている段階なのですが、webクリエイターボックスのマナさんみたいに色んな国でデザインの仕事をするのは素敵だなと思ってます。

で、いずれにせよやるならやるでがっつりやらないと、まず英語圏進出というのは叶わないと感じています。語学学校の友達で、既に結構ペラペラな友達がいます。彼女は韓国人で、韓国料理店でバイトをしています(上記でいうとこのレベル2)。今の語学学校には計10ヶ月通うそうです。もちろん英語圏で仕事をするためです。

一ヶ月短期留学しただけで人生がどうにか変わるとはとても思えません。少なくとも一年働きながら英語漬けになって英語を勉強しないとレベル3には達せないと思います。英語を勉強したのにそれを仕事に活かさずに一生を終える人がどれくらいいるんだろ、というのはこういうことを思ってのことです。

僕が短期留学一週間目で感じた具体的なこととはこんな感じです。

それから、もうひとつ今ここで書いときたいのは、英語ができるようになるだけでは世界は面白くならないと思うということ。

英語が話せるようになったら世界の20億人くらい?と話せるようになると中学校の英語の先生がよく言いますが、20億人と話したいがために英語を話す人はいません。どっかの大学のなんとかって教授が日本では誰もやってないような面白い研究をしている。その人と会って色々話を伺いたい。でもその人は英語しか喋らない、じゃあ英語を自分も話せるようになろう、といった動機の方がよっぽど具体的で実際にありそうで現実的です。

何が言いたいかっていうと英語が話せるようになっても面白い人と出会わないと人生は面白くならないんじゃないかということ。世界は「言語」ではなく「人」で回ってる。英語はツールでしかない。そのツールを勉強しながら、使えるようになってじゃあ何をしたいのか考えることはすごく大事。さらには英語を話せる状態で面白い人と出会った所で、自分自身が面白い人間でないと、相手は自分と話してくれない。当然ながら英語話せることは海外に出たら何のステータスでもない。英語を学問として見ては行けないのです。赤ん坊が何の特別な努力もせず生まれて数年でマスターするようなものだと思わないといけないのです。

日常英語ペラペラにならなくていい

日本人の多くが英語話せるようになりたいと思ってるけど、そのうちのほとんどは英語を話す必要がない。と僕は思います。

目的もなく、できるようになったところで何がしたいというわけでもないのに「イラレできるようになりたーい」「フォトショできるようになりたーい」とか言うだけ言うのは美大の1年生だけに許される特権ですが、多くの人が2,3年になってこの発言の馬鹿馬鹿しさに気づきます(気づかないとだめぷー)。これと全く同じだと思うんですよ英語も。

英語話せるようになったところでじゃあどうしたいの??って聞かれてちゃんと答えられる人はまず「英語話せるようになりたーい」なんて英語勉強してない人しか言わない「言いたいだけ願望(【別名】 : 星に願いを または 正月の抱負)」はしないんです。黙って勉強してるんです。そもそも「英語できるようになる」って言葉がもうバカ丸出しです。

で、日常英語と専門英語があって、黙って勉強してなくて「英語できるようになりたーい」って言ってる人の指してんのは日常英語の方だと思う。

でも日常英語の方が激ムズなの。考えてみいよ。両親は日本人で顔も完全な日本人、でも育ちは完璧アメリカで英語ばりばり、でも日本語は最近勉強始めたくらいでまだまだですう、みたいなやつがお前の周りにスパイとして実はいたとする、さあ、誰でしょう。そんなことありえないけど、仮ありえるとしたらそいつは日常生活でたわいもないことを喋る仲良しの友だちではなくて、取引先とか仕事の話しかしないような仕事仲間だと思わないか??なぜか。あんまり喋らないし、喋ったとしても話の分野が絞られているからだ。日常英語よりも自分の専門分野の英語をマスターしてその分野のことについて話す方が絶対簡単だし絶対楽しい。

そもそも、日常会話ってそんなに楽しいか??そんなに英語でも話せるようになったらいいなと思うようなものか??話せるとした初対面だぞ??そいつ。初対面の日本人と話してそーんなに楽しいか??これが外人で英語になったとしても、もともと初対面の人と話すことがそーんなに好きじゃない人なら英語ペラペラになったとこで同じだぞ。初対面の人と話しても楽しくないぞ。もっと言えば、笑いのツボも関西や関東なんてレベルじゃないくらいに違うんだぞ。全然楽しくないぞ。

もっと言えば、言葉の壁もきついけどジェネレーションギャップも割りとキツイじゃんよ。おれ専門学校行ってた時30代40代の人と飲みに行ったけどマジで話噛み合わなかったぞ。10歳年の離れた人との日常会話が楽しめないおれが英語話せた所で30代のアメリカンとの日常会話が楽しめると思うか??

「違い」を本気で楽しめるような活発で好奇心強くてもともと人が好きでさらに超コミュ力高いようなやつじゃないと、外人との日常会話が日本の仲良い友だちと一緒にいるよりも楽しい、なんてことはありえないと思うぞ。おれは、語学学校2日目でこんなこと言っちゃあれだけど、「異文化交流」よりも「うまく言えないけどその感じわかるわ〜!!!!ってやつを日本の友達と味わう」こととか、デザインのこととか将来のこととかについて日本の友達と語り合うことの方が好きだ。

「日常英語」を人生という短い試験期間中にマスターしたいなら向こうに職も持って何十年と住むか、外国人と結婚して英語で暮らすかしないと無理!!と思うんだけど、それおれ両方したくない。日本で仲の良い友達といつでも飲みにいける環境に何十年と住みたい。だからおれは日常英語マスターしなくていいやと思ってる。

勉強はするけどね。マスターはしなくていいけど、デザインについて英語で語り合えるようにはなりたいから。散々言ったけど、デザインは「意識する範囲を自分で狭めてはいけない」と思うから(つまり、日常の中の誰かのちょっとした言動から発見があるから)日常英語もそこそこできるように、なりたーい。

語学学校体験記1

こんにちは。ロンドンはご飯全部まずい。山口です。

セントジャイルズ セントラル校。語学学校登校初日。学校の外観は結構でかい。でも敷地は狭い。地下1階から4階まであるかな。部屋は全部で20個くらいあるんじゃないかな。一つの教室は10人くらい生徒が入れるくらいの狭さ。ロビーと教員室とライブラリー(高校の図書室とかより全然狭い。8畳くらい)とカフェ・レストランある。

初日に簡単なテスト(穴埋め記述の文法、イディオムの知識問う問題60問。所要時間30分)をして6つか7つのクラスに振り分けられる。おれは真ん中だった。

授業は午前の部が9時から13時で終わる。おれは午前の部のみ2週間でとった。午前午後両方とってる人も多い。半数くらいいる。

クラスメイトは日本人がおれいれて2人。他は韓国、ドイツ、トルコ、フランス、聞いたことない国から来てる人もいて多様。正直、日本人と韓国人以外は黒人か白人かしか見分けがつかない。みんな鼻高いし彫り深いし見た目は英語ペラペラそうに見えるけどここにいるからにはちゃんと英語つたなくて親近感わく。みんな休み時間もちゃんと英語使ってる。安心。日本語バリバリ使いまくりで日本人で固まりまくりの輩がいる。イタリア語でイタリア人で固まってる輩もいるらしい。英語が話したいならそういうグループは避けたほうがいい。

授業内容は日本の英語の授業と結構似てる。これから I use to ~ について学びましょう。これはこういうときに使います。例文はこんな感じ。じゃあこれつかってペアで3分会話してみて。みたいな。アクティビティがたくさん盛り込まれてゲーム感覚で日本の授業よりはずっと楽しい。日本だったらI use to だけでのろのろ1時間くらい時間とるけどこっちは20分くらいで終わった。どんどん次のことやる。明らかに日本の学校の英語の授業よりもテンポが速くて爽快。あと外人の生徒が積極的に質問する。日本だと「先生の英語速くて聞き取れないです」とか言う生徒あんまいないけど今日こっちいたわ。周りがこうだとわかんないことをわかんないって言いやすい。

あと英語の授業を全部英語でできるもんなんだなってのがおもしろい。I use to の使い方とかいろんなイディオムの意味とか全部英語で説明されてもちゃんと分かる。簡単な英語で言い換えて説明してくれるからわかる。英英辞典欲しくなった。

あと英語圏きて語学学校で学んでてわかったことは「英語なんてそんなに勉強しなくても英語話す国に住んでたらそのうちぺらぺらになるでしょ」っていうのは間違いだということ。なんでかっていうと、英語は最初っからみんなある程度ペラペラなんだ。信じられないかもしれないけど、語学学校の友達とおしゃべりするとかホームステイのホストファミリーとディナーするとかっていう日常生活送る上で必要な英語は大抵の日本人が割りと喋れる。これ読んでるお前も絶対喋れる。なんとかなる。でも2日目くらいで自分の限界を知る。たった2日で自分がおんなじような文法、単語しか使ってないことに気づく。つまり勉強しなくちゃ自分の英語レベルを上げることは不可能。英語圏に住んでできるようになることは「自分の英語レベルを体験的に知ること」だけであって「英語の知識が増えること」ではない。まあ、「英語の知識が増えること」もなくはない。英語で友達と喋ってるときに「へえ、こういうときそう言うんだ」みたいな発見はたくさんある。でもそれは家帰って勉強した方が効率的だ。勉強して得た知識を明日、友達との会話で使ってみることができる環境にこそ価値があるんだ。語学留学にきたら家でも英語の勉強しなくちゃだめだ。語学学校で友達と英語で喋るのは「テスト」にすぎない。テスト前に勉強して、テストで「わかる!!」ってなった瞬間に脳にびびっと刺激が走って初めて知識というものは定着するんだ。それも繰り返していく中で。

というわけで「語学留学したら英語ぺらぺらになる」というのは嘘なんだけど「語学留学したら英語ペラペラになるために必要なモチベーションは手に入る」と思う。まだおれ語学学校2日目だけどね。

自分がいかに英語できないかを思い知ると同時に、英語話せたらこいつらともっと楽しい会話ができる!!こいつらから笑いとることができる!!という願望をリアルに持つことができる、というところに語学学校に通う魅力があるんじゃないでしょうか。おれまだ2日目だけど。

やる気スイッチ地雷設置

こんにちは。こないだスープストック東京にハマりましたグストンです。

今年の春休み中にトルコとイギリスにそれぞれ6日間の海外旅行と30日間の短期留学に行きます。トルコはもういってきました。イギリスは今まさに旅立つとこです。

2年前、大学に入った頃から姉ちゃんに散々「海外行くべし!」と言われていて、なんとなく行きたいとは思いつつもぐだぐだふみきれずに2年立ちました。「なんだかんだ言ってこのままいつまでも海外行かないフラグ」がビンビンでした。

※今日の記事は海外旅行体験談ではなくて行動力つけるにはどないしたらの話です。

なんとなく学生のうちにやりたいと思ってることがあっても、行動を起こさないでいるといつまでもやらないままで、気付いたら卒業、なんてことになりたくないなとは思っていましたが、「いつか」を「いま」にするために必要なエネルギーは並大抵のものではありません。

でも僕は今回、ほんの2ヶ月まで「いつか」と呼んでいた時間を「いま」に持ってくることができたのです。これには僕もびっくりでした。おお、おれ行動に移したぞ、おれすごい、おれおめでとう。おれなんでそんなことできたの?冷静に考えてみた。その記録。

できた理由は、「きっかけ」を未来に散りばめまくってたからです。

きっかけとは、例えば、留学について何も考えてない状況でも教授に留学に興味あるんですよーって言って話を聞く、とか、留学したことある友達に話を聞く、とかです。

※この文章は自分だけの力で「いつか」を「いま」にできないうんこプリプリ野郎に向けて書かれています。

「行動力」が足りないから「いつか」がいつまでも「いつか」のままなんだよね。で、行動力がない人はもうどうやったって行動力がつかないので諦めましょう。ところで。ところで行動力は、

「自分はやる気があるという思い込み」と「運」から成り立ちます。

じつはこれら二つはもともと行動力がない故に持ち合わせていないあなたでも、外注して手にいれることができます。思い込みと運を他人に持ってこさせるのです。

きっかけを未来に散りばめまくるとは、他人がこれらを持ってきてくれた時にそれを素直に受け取れる姿勢、あるいは受け取らざるを得ない姿勢を作っておくということです。

まず「自分はやる気があるという思い込み」について。やる気がないから行動しないあなたも、自分を騙すことはできます。周りの人に適当に、本当に適当に、自分が今これに興味があると言いふらしたりツイートしたりするだけで自分自身が「俺今これに興味あるんだふーん」と思い込み始めます。続けているとだんだん確信に変わります。確信に変わるとますますそういう散りばめ行動がしやすくなってきます。そうすれば決断のために必要なエネルギーはどんどん低くなって行きます。もうやる気がでちゃってるわけだからね。

「運」も同様に、もともと持っていなくても機会(きっかけ)を増やすことで手に入りやすくなります。てゆうかもともと持ってる人なんていなくて「運がいい人」っていうのは分母がやたら大きい人、つまり機会をたくさん設けている人だと思います。授業の飲み会がきっかけでアノ教授の下で働けるようになるかもしれません。僕は飲み会とか人が集まるものにはめっちゃ行きます。そうやって分母を増やすのです。運が高まるときっかけが増え、つまり背中を押してくれる機会が増え、行動力に必要なエネルギーが下がるというわけです。

僕は行動力があるねと時々言われますが、実際はそういう自覚がありません。むしろ行動力が乏しいので、「こうしたい」と思っても、すぐに「じゃあ実行しよう」とはなりません。だから基本的に、誰かに背中を押してもらうようにしています。ただしそのための種まきは上記のような方法で自分でしています。きっかけを未来に散りばめまくるのです。それくらいのエネルギーはなんとか持ち合わせているからです。それをちまちま底上げしているに過ぎないのです。