月別アーカイブ: 2014年3月

アナと雪の女王レビュー(ネタバレなし)

こんにちは!ディズニー大好きガストンです!

ネタバレ一切なしでレビュー

まだ見てない人も、ネタバレなしなのでご安心を。とはいえ感想はがっつり書くので、なんも聞いてない状態で見たい!という方は自分の信念に従ってあるがままに、あるがまま、ありのまま、ありのままの姿見せるのよ ありのままの自分になるの 何も怖くな、、、!!ああいけないガストンったら歌っちゃう歌っちゃう

感想は、「オラフ面白かった」

ついつい歌っちゃうガストンだけど、感想言うならぶっちゃけ、期待しすぎたというか、まああんまりでした。

そりゃね、ディズニー初のダブルヒロインで、トイストーリー3を抜いてディズニー史上最大ヒット。アカデミー賞を受賞し、アバター、タイタニックに次ぐ歴代3位!とまで言われてもうテンションMAXで見に行きますよそりゃ。トイストーリー3よりおもろいてどんだけやねんと。でもストーリーが微妙だった。ディズニー映画のラストは、みんなハッピー!めでたしめでたし!あー感動!ってなりたかったんだけど、ならなかった。一番印象に残ったのはオラフっていう雪だるまのキャラクターが面白かったこと。

見たのは2D吹き替え版。エルサ姉さんの声を担当している松たか子と一緒にばっちり予習ずみのLet It Goを頭の中で歌いたくて吹き替えにした。ほんとは吹き替え3Dがよかったけどなかった。

ストーリーが残念

自分がディズニーアニメの何を最も重視してるかというとダントツでストーリーです。脚本。ストーリーに違和感があるとだめ。あるキャラクターがある行動を取るときに、そこに完全な必然性がないといけない。全部に納得できなきゃ共感できない。お話を進める上でそれって多分、ほぼ不可能に近いくらい難しい。でもそれをやってのけるからディズニーはすごい。あるいはほんとはおかしいし共感もできないストーリーでも、巧みな演出で違和感を払拭できるからディズニーはすごい。

違和感を帳消しにする演出

例えば美女と野獣。よくよく考えたら、ベルに共感できない。だって、お父さんを無条件で牢屋に閉じ込めた野獣をたった一日で愛してる。一日て早くね!?と思うけど、雪が降ったり天気が変わったりご飯を食べたりダンスを踊ったりしてる描写が入ることで、一日に見えない。こういった巧みな演出がまじで好き。

まとめ

脱線したけどまとめ。アナと雪の女王は見るべし?見ないべし?

さんざん言ったけどそれでも映像まじできれいだし挿入歌のLet It Goまじいい曲だしストーリーもなんだかんだ十分面白いので見るべし。あとオラフまじでおもろい。笑えた。特にこだわりがない限りは3D字幕で見るべし。同時上映の『ミッキーのミニー救出大作戦』がまじで2Dより3Dで見るべしな映像なので。

有名な人の話はなぜ僕らの生活を変えないのか

こんにちは!バスは酔うから乗りません!ガストンです!

有名な人の話=ためになる話?

ふと思ったんだが、世の中には、偉い人、すごい人、有名な人というのがいる。そういう人の話を雑誌やテレビでやってると、自分のためになる何かを吸収できると思って注意深く見聞きする。佐藤可士和が武蔵美にくるとする。そんでいろんなおもしろくてためになるエピソードを話してくれたとする。

その講義の中で僕は色んな発見をし、色んなことを考えさせられ、色んなことをメモし、感化され、刺激され、やる気を起こさせられたとする。そして帰路につく間、満足感に包まれたとする。ここまでは順調だ。

じゃあ果たしてその後、僕の生活はどう変わるだろうか?僕は果たして、講義を受ける前と比べて、自主制作の数を増やすだろうか?デザイン系の雑誌をたくさん見るようになるだろうか?展示をたくさん見るようになるだろうか?そして、よりレベルの高い作品や論文を生み出すことができるようになるだろうか?あの感動の講義から1週間経つけど、気付いたらなんもおれの生活、具体的にどこも変わってねーや、ってことがよくある。

聞くだけで満足するのがよくない

あくまで僕の場合だけど、用は自己満足はできてるけど何も変わってない。少なくとも自覚する限りは変化がない。聞いただけでなんかしらを吸収できた気になって、実際はそのなんかしらを具体的に人に説明できない。説明できないのは、何も吸収しきってないから。

じゃあ何をどうすればいいのよ

大学の特別講義とかを聞いたあと、「あーーーなんかすごいいろいろためになる話聞いたわ」って気分になったら、そこで終わらずに、自分の中で整理し直して、どの話がどう今の自分にとっていい刺激となったのかをはっきり自覚できるようになるといいと思う。とはいえ場合によっては、自覚できなくとも数ヶ月後、数年後、そこで聞いた講義が記憶の奥から蘇ってこういうことだったのか!なんて形で再浮上することもあるかもしれない。その場合は記憶の片隅に置いとけばいい。でも自分の場合はそういうのは全部自覚したい。「ほんとにためになったの?」と誰かに聞かれたとき、ばっちり答えられるようにしたい。

で、そのための手法だけど、自分の場合、友達や家族、誰でもいいから誰かに話すのが一番手っ取り早い。いざ話そうとすると案外、思い出せなかったりする。がんばって思い出しながら話すのがすっごくいい「再吸収」になる。

要は何が言いたいかというと

ためになる話聞きながらメモしてる人たくさんいるけど、それを後から見直したり、上に書いたような再吸収を果たしてしているのだろうか。ためになる話は、満足感を得るためのものか、それとも自分の行動や環境を実際に変える起爆剤となるためのものなのか。その辺をはっきりさせなきゃな、という気付きの備忘録でした、ひい。