月別アーカイブ: 2015年4月

英語は慣れやで

こんにちは!いまバンクーバーに住んでるのですが、いつも通る道路に落ちてるどでかいうんこが一週間経っても消えません!日本だったら不思議と消えるのに!不思議と!?何言ってんだあれは毎朝どこかのおじいちゃんが掃除してくれてるからだろう!おじいちゃん!?なんでおじいちゃんと決めつけるんだ!ガストンです!

英語は慣れやで、というのが英語学習のある程度の真理な気がしています。

英語話せるようになるってなに

僕ら日本人がよく言う「英語話せるようになりたい」という目標は実は「ハードル低い目標」だと思ってます。高校出た人なら語学学校にでも留学したら2ヶ月か3ヶ月あれば達成できると実感しました。

ここでいう、英語話せる、というのはつまり、飲食店で注文できる支払いできるオススメ聞ける、銀行で口座作れるクレジットカード作れる、美容院でなんとなく好み伝えれる、会話中わからない単語でてきたらその意味をすぐ聞き返せる、ネイティヴと同じ趣味について小一時間語り合うのが苦じゃない、ネイティヴに「英語うまいねー!」と言われる、外国で暮らしてて言語において特に不自由しない、といった状態のことを指します。いいですか、このレベルを僕はいま「ハードル低い目標」といってるんです。おれはこのハードルすでに超えてる。これは自慢じゃない。お前ら全日本人の感覚がへりくだり過ぎてるんだ。

まず一つ、真実としてお前らが認めなきゃいけないのは、「このハードルを越えるために必要な英語は中学で全て習い終えている」という事実だ。いや中学英語さえ全ては必要ない。willを使えば未来のことを、動詞の過去形を使えば過去のことを、shouldですべき、have toでしなきゃいけない、ifで仮定法、動詞と主語ひっくり返せば疑問系、What When Why Where who How、これくらいで十分だ。これくらい知ってるだろ?それで十分なんだ。嘘じゃない。現在完了とか過去完了とかいらない。〜と同じくらい〜だ、とか〜すればするほど〜だ、とか、〜より〜が〜だ、とかいらない。てかおれ今知らない。しかも今この後も調べない。そのうち知りたくなったら調べる。それで生きていける。それで今上にあげたような「英語話せるようになる」は達成できちゃうんだ。

まあもちろん、海外で仕事しようとか思ったら「英語話せる」だけじゃだめなんだ。「どんな場面でも英語話せる」とかにならないと。例えばおれは「英語話せる」けど次のことができない。長文の英語読めない。わからない単語たくさん出てくるからいちいち調べるのめんどくてやる気失せる。映画を字幕なしで見れない。英語の音声で英語の吹き替えで見たりしてもやっぱあんまわからん。わからんけどキャラの表情とか見てなんとなく話理解できるレベル。銀行で口座作るとき担当の人が何言ってんのか9割わからん。たぶんお金に関する大事なこと言うてるんだろうけど、よくわからん。本当に大事そうなことだけは聞き返してゆっくり喋ってもらってその場で単語の意味調べさせてもらって理解できたけどでも9割わからんまま口座作った。まあ大丈夫っしょ(どん!)

な、こんなもんです。下手したらスタバでも時々聞き取れないことある。

「おまえ英語話せねえじゃん!」

って思ったかおまえ!思ったかお前今!お前が言うならそうなのかもな!

でもな、もしお前がおれレベルにさえなれてないならアドバイスは一つだ。ここからが今日のメインね。

英語は慣れやで

ズバリ英語は「慣れ」やで。慣れって何がや。何に慣れたらええんや。それは「ネイティヴ気取りごっこ」や。ええか今からごっつ大事なこと言うで。日本人は全員知識はある。文法も単語も覚えすぎなくらい。でも「使い慣れてない」から誰も喋られへん。しかもな、世の中には英語のつかいかたには二種類ある。「ネイティブの英語の使い方」と「日本人同士なら理解できる英語の使い方」や。わかりやすく言うと、I like youをアイライキューって言うかアイ・ライク・ユーって言うかの違いや。かっこつけて舌巻いたり単語つなげたりせずにカタカナ発音で単語区切りながら喋るんが「日本人同士なら理解できる英語の使い方」や。これがあかんねん。せっかく留学しにきたのにこれをいつまでも喋んりょる限りお前は上達せえへんねん。恥ずかしい気持ちはわかる。でもな。かっこつけて「ネイティヴ気取りごっこ」に慣れん限り、お前はrとlの発音の違いをいつまでも体得できんままや。ええからりるれろはLの発音や。rはどっちかというと「うぁうぃうぅうぇうぉ」に近いんや。べろを上歯茎の裏側にくっつけずにらりるれろ言うんや。いやそんな細かい話今はどうでもええねん。

とにかくな、舌巻いたり、単語つなげたり、そういうネイティブがやってることを真似してやって「うわかっこつけとるダサー」とかいう小学生はお前の周りにはもうおらんねん!だから恥を捨てて真似ごっこしろ!英語は恥を捨てた日本人から順番に話せるようになるんです!日本人にとって最も大きい障壁は、日本人が生み出した「英語を話せることは恥ずかしい」という文化なのだ!ちゃんちゃらおかしい!どっちやねん!お前らどっちやねん!英語を本気で話せるようになりたいなら、日本語で書かれた英語学習の本なんか捨てちまえ!英語で英語を勉強しなさい!わからない単語は和訳せずに理解しなさい!できないならそのままにしなさい!5年以内になんかの拍子に英語で理解できることを待ちわびなさい!

あ!!ごめん思い出したわ!終わろうと思ったけど終わらん!

人は英単語をいつ覚えるか

瞬殺でこれ言う!人は英単語を「いつ」覚えるか!!わかるか!!おれは1年前、一度バンクーバーに一ヶ月間語学留学したことがある!そのとき学校でたくさん英語を覚えた!それ今全部忘れてるんだ!1年もたったら所詮そんなもんだ!これじゃ拉致があかねえ!だからおれは「英単語を覚えようと」することをやめた!学校や日常でわからない単語が出てきても和訳アプリで調べない!一切調べない!スルーする!でもな、何度も出てくる単語は調べなくてもなんとなく意味わかってくるんだ。
例えば「required」という単語。意味知らないし調べないしこれからも調べない。でも、例えばなんかのwebサイトにログインしようとしたとき、だめだったときにこの単語よく出てくるからたぶん「だめ」とか「拒否」みたいな意味なんだと思う。
英単語の意味の理解の仕方なんてこんなんで十分だ。むしろ、こんなあやふやな感じでしか理解できてない状態こそ目指すべき場所な気がしてるんだおれは。

調べちゃったらアウトだ。それは「知識」に格下げしてしまうことになる。知識に成り下がった単語はどんどん記憶から離れていく。でも「こんな意味かな?」って予測した状態で和訳せずに調べずにほったからしにされた単語はいつまでも宙に浮いた状態になる。でな、この宙に浮いた状態を数ヶ月あるいは数年間浮かせたままにする。そのまま特に問題なく生活できてればそれはもうオレの中で「だめ」とか「拒否」みたいな意味かな、ということでおれの辞書に載っちゃうわけ。もし意味が全然ちがってて今までおれが間違い続けていただけだったとしたらいつか友達に笑われるだろう。でもそれさえおれの計算のウチなわけ。「ええ!?今までおれ間違ってたの!?はず!!うわめっちゃ恥ずかしい!」という強烈な体験と共にrequiredの正しい意味はおれの脳みそに強く刻み込まれることになる。そうなるともう二度と忘れない。1年やそこらじゃ絶対忘れない。

英単語を人はいつ覚えるか。それは「恥ずかしい思いをした時」だ。調べちゃうとどうやったって恥ずかしい思いはできない。これは大損だ。だから調べずにフィーリングで読み続ける、使い続けるんだ。そのまま恥をかかずにすんだらそのまま「正解」だったと思い込めばいい。所詮この世の全ての英単語の意味なんて大昔の日本人が「こんな意味かな?」つって似た日本語を当てはめたにすぎない。ずるいじゃん。その作業絶対昔の日本人楽しかったじゃん。そのくだり全部おれにもやらせろや。

というわけでおれはほぼ調べない。調べた単語はどうせ忘れてしまうと思っている。調べなかった英単語から順番に宙に浮いて脳に染みこむまでのプロセスを順調にたどっていると思っている。

1つの英単語を覚えるのに何日も何ヶ月もかけることを効率が悪いとは思わない。覚えたつもりになって全部1年で忘れてまた覚えなおしてというサイクルを気づかずにし続けるよりはるかにましだ。

おわり。

ちなみに英語より日本語の方が言語として百倍おもろいと思う。

epa!で人間変わりました

こんにちは!バンクーバーのきゅうりドレッシングはボンドの味がしました。接着剤のボンドね。ガストンです!

epa!12で総演出をやってた頃に書いたと思われる文章がiPhoneのメモからひょっこり出てきました。赤裸々に書いたはいいけれど内容があまりに自分的に重いものだったので当時どこにも吐き出せずにいた文章です。僕はepa!をやってる途中に周りから「人として成長したね」と言われたことがあります。いま思えばこれがepa!で学んだ一番でかいことだと思う。学んだっていうか、人間が変わりました。個人的ですが、すごい体験です。

君が心配だ、ガストン というブログタイトルも実はこのエピソードから来てます。したいことを思うままにやって、自分に素直に生きていたら、いつか周りから本気で心配されることがあるかもしれない。でもそれって自分にとってきっと大きな意味があるタイミングなはず。この気持ちをいつまでも忘れまいと、タイトルにしました。ええ、もちろん、ディズニーアニメの美女と野獣のルフゥのセリフでもあるわけですが。

では、以下、とっくの昔に時効だと思われる赤裸々な文章をお楽しみください。

僕はepa!11が終わった直後からepa!12のことで頭がいっぱいだった。12をやらない11の仲間たちとご飯に行くことになったときも12の会議で遅れて、しかも飯屋では12をやるメンバーで固まり12の話を始める始末。12のこれからについて会議するのが楽しくて仕方がなかった。11の友達と話すのよりもそっちが自分の中で優先だった。そのとき11の仲間たちは不快そうだった。それを見ながらも僕は12の会議をしたことをそれほど反省しなかった。この時期、膨大にやっていたepa!12の会議の内容を僕は今ほとんど覚えていない。

12の企画メンバーをできるだけ多く11から引っこ抜きたいと12のメンバーで話していて、勧誘をやたらと必死にしていた。たまに学校で11の人にあってはepa!12の話。相手はさほど12をやるつもりもないのに。そんな態度を取り続けて11で一緒に頑張った仲間たちが自分から遠のいてしまってもいいとさえ考えていた。それで一握りでもついてくる人がいればやる価値はあると考えていた。実際にガストンの熱い勧誘のおかげでついてきたと思う人はいない。僕はただ仲間に対して嫌な態度をとっただけだった。それでも恐ろしいことに、なぜか僕は自分はよくやったなどと思っていた。epa!12にあまりに多くを捧げていた。

11月頭に公演が終わり、12、1、2、3月あたりまで僕はずっとそんな調子だった。今はとても後悔している。epa!をやってくれない友達よりepa!を一緒にやってくれる友達の方が大事で、入ってくれない人はどうでもいい、といった態度だったし、考えでもあったというのが正直なところだ。どうかしている。epa!は人だ。よいかイガラム。epa!とは人なのだ。

それを成す人という存在を軽視してepa!への愛を示すなど矛盾している。epa!をやってくれる友達だけ大切にしているつもりだった僕は、実際はepa!をやってくれない人もやってくれる人も誰も大切にしていなかった。大切にしていたのは自分だった。自分がepa!を使って成長したかったのか、人から褒められたかったのか、人から認められたかったのか、さすがガストン、と言われたかったのか、何なのか、あそこまでepa!に必死になっていた理由は僕のことならせいぜいそのあたりだと思うが、明確にはよくわからない。

とりあえず自分のことしか考えていなかったのはまず間違いない僕はepa!12内部の友達ももちろん傷つけていた。意見がすれ違うとすぐにトゲトゲしていた。常に自分らしくなかった。高校の頃クラスに馴染めなかった僕の方が人を傷つけていなかっただけまだなりたい自分に近かったといえる。これは後になって11だけやっていた友達に言われたことだが、その頃の僕はなんかおかしい、と周りから思われていたそうだ。常に疲れている感じが出ていて、最近ガストンが笑わなくなった、と思われていたらしい。心配だった、とさえ言われた。言われる前から自分でもどこか気づいてはいた。それが今までに経験したことのない、見たことのない自分であることに。それが自分の好きな自分ではないことも。12、1月ごろは周りの人を傷つけながらも自分が嫌になることはなかった。epa!12の会議を楽しんでいた。しかし途中からepa!12の会議さえ楽しくなくなっていた。うまくいかなくなっていたからだ。毎回会議はピリピリしていて、非常に高い頻度で意見のぶつかりあいがよくない形で起こっていた。喧嘩腰というやつだ。自分自身イライラしていた。好きでやっているはずなのに楽しくない。そんなどうしようもない気持ちが自分を苦しめていた。結果周りから見ても明らかなほどガストンは元気がなくなっていた。

そんなガストンを変えたのは人を傷つけたという自覚だった。何度も人を傷つけた。12の大切な仲間を泣かせた。友達が自分をあわれむような目で見ていることにいいかげん気づきだした。どんな理由があっても、友達を泣かせてはいけないということを、友達の涙から学んだ。自分で泣かせておいて勝手に学ぶとはずいぶん自分勝手だが、涙を見るまで、人を傷つけるというのはこんなにも自分の心にもヒビが入ったように感じるものだと知らなかった。涙ではなくても、自分がなにかひどいことを言ったあとに相手が一瞬見せる微妙な表情は涙と同じように相手の心を傷つけた証なんだと思うようになった。とすると自分はずいぶん多くの人を傷つけているぞということに気づいた。人の心を傷つけるということはよくないことだと思うようになった。グループワークの上で意見がぶつかりあうのはいいことだ。だが人の心を傷つけるというのはそれとは関係ない。ただ自分の意見が正しいという傲慢によるものだ。ぼくはもうだれも傷つけまいと誓った。みんなの意見を本当に尊重できたなら、トゲトゲした言い方もしないはずだし、建設的な意見のぶつかり合いができるはずだと思う。

人によって価値観が違うから、全員が100パーセント満足する演出にはならないだろう。だが全員が100パーセント楽しめる半年間にはできるはずだ。

漠然と海外に憧れて何が悪いんだー!

こんにちは!偉そうな人が嫌いですが僕は偉そうにします!だってそうしたいんだもん!自分に素直なんです!ガストンです!

「海外に憧れる日本人」というとこういうプロセスが頭の中を駆け巡ります

ただ漠然と海外に憧れる学生→海外で活動している大人に相談→どこの国にいくの?なんでそこなの?海外に行く動機は?と聞かれる→ぶっちゃけ行きたい理由なんて特にない。とにかく行ってみたい。だから「自分探し」とか「語学学習」とか「世界を見てみたい」とか適当な理由考える。→その理由を突っぱねる大人「動機として不十分だ」→それで挫折する学生もしくはそれでも大人を無視して海外に行く学生→日本に帰ってきて「何しに行ってたの?」と言われるまたは実際自分で「おれ何しに行ってたんだろう・・」と感じ自己嫌悪になる学生あるいはそのまま向こうに永住して日本の大人から逃げ切ることに成功する学生あるいは得るものを得て日本で歓迎される学生(←あんま聞いたことないけど)・・

おれの妄想ここまで。
わかる?もうなんか疲れた。もちろん僕も親の金借りて留学するぼっちゃんですよ。でもね、僕は心から「留学するからにはその経験を価値のあるものにすべきだ」という考えのもと留学を希望する学生にやいのやいの正論を言う大人が好きじゃありません。別にいいじゃん人生若いうちの数年間無駄にしたって!別にいいじゃん親の金無駄遣いしたって!ていうか無駄だったか価値なかったかどうかなんてそんなに大事か!?

そもそも日本人の大半はくだらない大学生活送ってるだろ!「大学は遊ぶところだよね」みたいな風潮日本にはあるだろ!留学にかかる費用なんて大抵大学4年間の学費より安いのに、どうして日本の大人は「留学は時間と費用に相当する何かを得なければならない」って考えて大学に関しては寛容なんだ!おかしい!

てゆうかそもそも人生において「価値」ってなんだ!?価値のある人生にすることがそんなに大事か!?数年間海外で生活するとして、その数年間が未来への投資として有意義なものにならならかったらそれはそんなにダメなことか!?その「数年間」だって人生の一部だろ!「未来」の一部だろ!大学生活も高校も中学も就職後も全部そうだろ!自己投資っていつまでやり続けなきゃいけないんだよ!そもそも人生ってなんのためとかじゃねーだろ!価値あるないじゃねーだろ!!

おれは人生のゴールが何なのか知ってる!自己満足だ!最後は何言ったって自己満足だ!最後自分が自分の人生に満足できればどんなに他人から見て「ドンマイな人生」になったって構わない!留学にかぎらず進学、就職、結婚、あらゆる局面で世間一般の考えの平均なんて大した役に立たない!「世間一般の考えに惑わされた!畜生!」という局面はあっても、「世間一般の考えを尊重してよかった!」なんて局面は聞いたことがない!いやあるいは、あるのにおれが覚えてないだけかもしれないけど、でも覚えてない「よかったこと」なんか最後「自己満足」のジャッジに反映されないんだから大事じゃないでしょ!

親のすねはかじれるだけかじるべきだと思います!人生のゴールは自己満足だと思います!自分は世の中の多くの人と違う価値観を持っていると思います!その証拠に小学校の頃から本当に気の合う友達があまりいません!好きに生きさせて下さい!

何が言いたいんだっけ!
そうそうつまり、おれは今カナダにいます!すごいぞー!!海外に来たぞー!!周りは全部英語だ!色んな人種がいる!すごいすごい!このテンションを保ったままいつか日本に帰るんだ!海外に来たということのすごさをおれは忘れない!「海外というだけで価値を感じるのは日本人のガラパゴス化した感覚そのものだよね」みたいなことを大人ぶって説教する大人に僕はならない!「海外に来たこと自体がすごいわけじゃないよね。何かを悟ったように問題はそこで何をしたか、だよね」みたいなこと言わない!いつか帰国したとき「海外どうだった!?」って聞かれたら、何かを悟ったように口数少なくなったりしない!まるで海外旅行から帰ってきたかのようにたくさんのみやげ話をするんだ!好きなように観光して、好きなようにだらだらして、好きなように学んで、日本にいた頃と大して変わらない生活を送るんだ!将来のために今を生きるんじゃない!今を生き続けて生き続けて気づいたら「将来」に出くわしそびれていつの間にか寿命で死ぬんだ!それが僕の生きたい人生だ!どん!!!

卒業後の報告

こんにちは!電信柱に枝が生えてたら無価値この上ないね。ガストンです!

この春めでたくムサビを卒業して4日ほど前からカナダのバンクーバーにいて、2年間Webの専門学校に通うガストンですが、何がどうなってこうなったかちゃんと説明するから落ち着けよまあそこ座れよ。

もともとWebデザイナーになろうと大学2年の夏頃には決めてました。で、もともと海外にも興味がありました。将来はとりあえず英語できて海外で仕事した経験がある大人になりたいと漠然と思ってました。で、バンクーバーのうぇぶ屋っていうブログに刺激を受けました。大学3年?のときにそのブログの著者のセミナーに参加して火がつきました。そこでエージェント(海外に行くのを手助けする業者)の人とも知り合って、そのまま学校とか教えてもらって、大学4年の8月に1ヶ月だけバンクーバーの語学学校に行きました。

ちなみに、この時点で僕はすでにWeb系の制作会社でバイトをしてました。大学3年の4月頃から。その会社にはまじで心底尊敬できる先輩がたくさんいまして、このままここに就職できたら何も文句ねえわと思ってました。で、8月の短期留学行く前から、若干、ウチに来てもいいよ的なことを言われていました。もちろん言われた時は「え?来てもいい?それはつまり僕が大学卒業後にここへ入社してもよいということですか?一次試験免除とかではなくてもう一発採用ですか?それは確実な話ですか?ん?ん?」と確かなところを聞きたかったのですが、そんな確かなところを聞いてしまってはもしダメだったときに、確かなダメを喰らうことになりますから止めておきました。

で、8月の留学から帰ってきて、先輩に「カナダ2年いきます」と言いました。僕は蹴ってしまったのです。でも先輩は心優しく「まあいいんじゃない」と言ってくださいました。まるで「まあ」と「いいんじゃない」の間に「どうでも」が入ったかのように空耳するレベルでさらっとおっしゃったのです。

きっと「どうでも」ではなく「それもまた」だったのだと自分に言い聞かせながら僕は日本を発ったわけです。

嬉しいことに、送別会も開いてくださり、その時には「カナダから帰ってきたら一緒に仕事ができたらいいね」とも言ってくださいました。「ん?ん?それは確かなインフォメーションですか?保証してくださいますか?」と聞くまでもなく、僕がカナダでの経験を、Webデザイナーを志す者として有意義に使えたと2年後証明することができればきっとまた雇ってくださるだろうと勝手に決めつけました。

まあそういうわけで、いまこの記事を読んでいる方々ほぼ全員が今考えているであろうことをわざわざ申し上げますと、つまりこういうことです。

いつかまた!きっと会えたら!!仲間と呼んでくれますか!?

または

2年後にシャボンディ諸島で!!

ですね。カナダでもジャンプの電子版を毎週月曜に買っています。今ドフィが激アツですドフィが。

Hell’s dressing

Hi.I like disney.I love disney.I am disney

.Don’t care about what I say.I’m gaston.

I like canada! Beautiful city!Beautiful sky!Beautiful nature!Beautiful women?No,I think japanese women is best on the world.

Today,I ate dinner made my host mother.It was very good!I don’t know if it was canadian food or not,but it was good.But the dinner had a problem.

When I started eating salad.My host mother say”Oh,I’m sorry,I forgot dressing.”…No,I don’t need dressing anything.I like natural taste.But I thought “challenge everything!” So, I didn’t say anything.It’s my mistake at all…

She bring me a dressing. hmm..I can read “cucumber dressing” Oh!I understand!It’s “Kyuuri”in japan!…”kyuuri”? kyuuri..for dressing?Are you ok?Am I ok?I was afraid.But I thought “challenge everything!” So,I smell the dressing.I did “kun kun”.kun kun..kun kun..

……

……

……Bond….

I smell like Bond…Yes,you know.The bond.Japanese “Bondo”.Instand glue.We use it creative.We can stick something.

Ok.Calm down,gaston.Don’t wally.It’s dressing.It’s not bond.I know.I can eat it.It’s not dangerous.”challenge everything!!!!”

I get the dressing in my hand and drop it on salad!Good!Gaston!Congratulation!You can do it!Let’s eat it!Surely It be good taste! And I ate it!

…….

…….

……Bond…It taste bond….I was mistake..

It’s my first big memorial.I never eat bond dressing.. no,cucumber dressing.

Of course,I eat that salad at all.Challenge everything.

舞台屋アホロ概要

こんにちは。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!というセリフが好きです。どの映画の、とかじゃなくてこの日本語が好きです。いつか舞台に立って言ってみたいです。ガストンです!

すごいことしたよ

すごいことをしました!自分たちで劇団を立ち上げて、学校で演劇をやったのです!しかも大盛況でした!わーい!わーいどころじゃないくらい本当にすごいことをしました!わーい!

舞台屋アホロの概要

僕前に劇団むさびという演劇サークルに入ってたんですが、そこで出会った友達と「喜劇がやりたい」ということで舞台屋アホロという劇団を立ち上げました。2014年の6月に第一回公演アホロをやりました。Youtubeで「アホロ」で検索したら公演全内容見れます。

第一回はムサビの2号館205教室を使って3日間やって合計で130人くらいのお客さんが見に来てくれました。本当に大好評で、リピーターの人もいて、千秋楽では拍手が続いて2回カーテンコールができました。たくさんの友達が、お世辞ではなく本当にすごい!本当に面白かった!ムサビに留まるべきじゃない!と褒めてくれました。お世辞かお世辞じゃないかくらいはなんとなくわかるよね。だから嬉しかった。すごかった。おれすごい。第一回アホロは役者3人で約60分の公演。この時点ですごい。友達が話のベースを考えて僕が脚本と演出を担当した。役者もやった。だからおれすごい。

その他第一回アホロについて色々書くなら、スタッフは全部で8人。チケットは無料。舞台は放課後からしか仕込みができないためダンパネに暗幕はった簡単な背景のみ。音響は既存の曲ばっか使ってた。DVD化とかはしなかった。

で、第二回公演が2014年の9月から始動した。おれがもっかいやりたいって言ったら友達も乗ってくれた。今回はスタッフ約30人。7号館401教室を使って公演した。春休み期間中の3月末に公演をやった。全部で4日間、計7公演やって、春休みで学校がないにも関わらず全部で380人くらいのお客さんが来てくれた。千秋楽は100人以上のお客さんが来ていた。リピーターめちゃ多かった。音楽はほぼすべてオリジナルの曲を使った。DVD販売もこれからする。役者は4人で公演時間は80分。第二回もものすごい大盛況で、演劇というものを初めて見たけど本当に面白かった!とか、舞台まじですごい!とか、伏線回収すごい!とか、美大生すごい!とか嬉しい事アンケートに書いてくれました。

舞台屋アホロの何がすごいか

ムサビにある舞台やる団体はepa!と劇むさが一番有名かと思う。僕は大学1,2,3年でepa!やって4年で劇むさ、アホロをやったんだけど、epa!や劇むさとアホロの一番の違いは何か。それは、一人の人間が動かしている、ということだ。これからおれのハイパーウルトラ自慢話炸裂するけど我慢してね。

おれはアホロの演出、脚本、役者、広報をやってた。メンバーは全部、初期メンバーの友達をかき集めた。つまりポスター貼って人を募集していない。全員顔見知り、てゆうかそのうち3分の2くらいがおれの知り合い。代表という役職だったわけではないけど、おれを中心に団体が動いていたという自覚がある。で、ある時、役者にこう聞いた。「もし明日事故でおれが死んだらお前ら最後までアホロやる?」そしたら「まあやらないだろうね」って言われた。これは嬉しくもあり悲しくもあったんだけど、事実としてそういう団体だったというわけだ。

これ、epa!とか劇むさでは絶対に起こりえない。代表がやめようが役者がやめようが、なんとかして公演を成立させる。団体としての責任をメンバーがちゃんと持ってるし、「もう公演やめよう」なんて口が裂けても言えない。でもアホロは違った。本番2週間前に僕が役者に「脚本をがっつり変えよう。ほぼ全セリフを消して新しくしよう。お話の大筋さえ変えよう。オチも変えよう」と言い出しても、誰も何も言わなかった。すぐに「じゃあみんなにどう説明するか、ですね」と言い出した。最初は「ガストンと同じ立場でものを言ってくれ。どんどん提案していいしガストンに反論していい」とうるさく言っていたけど、そんなことしてくれる人は最後までいなかった。でもそれでよかったんだと思う。これがアホロの進み方なんだと覚悟した。わがままを言い続ける覚悟を決めた。

全部終わった後、メンバーのみんなが「やってよかった」と言ってくれた。「第三回をやりたい」と言ってくれた人もいた。嬉しい。これね、一人の人間が中心になって動いてる団体ではほぼ不可能なくらい難しいことだと思う。おれら学生同士なんだよ。そりゃおれ4年生でアホロの中では年長だけど、大学生なんて優秀な1年生もいれば中学生からやり直した方がいい4年生もいるわけですよ。学生は所詮学生。みんな大したことない。プロじゃない。舞台やるのはみんな初めてとか、せいぜい数回やっただけの素人。なのにね、学生が同じ団体で自分より偉い立場として指揮してる学生に対して求めるものはプロレベルなの。「おれたちに効率よく指示をだせ」「演出担当なんだからかっこいい演出やれ」とか思っちゃってんの。まあ当然だよね。偉くない人たちは偉い人たちに時間を提供してあげてるんだから。でもこの期待に応えることって普通めっちゃ難しいことなの。応えるには何が必要か。実力。まぎれもなく実力。面白い舞台を作ることができる実力。自分も成長したなと思った。自分らで団体立ち上げて、お客さん満足させて、春休み中に380人を学校に連れてくるってすごいことだと思う。

舞台屋アホロを通して学んだことは他にもたくさんある。自慢話もたくさんある。でもここには書ききれないわ。どうしましょう。そうだわ。本を書きましょう。

ということで舞台屋アホロ公式ガイドブック予約販売中です。コモーディア!公演写真、裏話・制作秘話、幻のボツ脚本、そして『全セリフデータ』しかも第一回公演「アホロ」の『全セリフデータ』も!入っております。これ一冊でアホロの全てがわかります。一冊600円から。お買い求めはコメントで。

あと第二回公演のコモーディア!のDVDの予約販売も行っております。こちらも600円から。

どうぞよろしくお願いします。