月別アーカイブ: 2016年2月

「我慢してあげる」が全ての元凶

こんにちは!着る服が1着のウルトラヘビーローテーション!ガストンです!

友人や恋人と付き合っていく上で、「我慢してあげる」という行為がしょっちゅう悪さをしてるんじゃないか、について。

恋人がわかりやすいから恋人を例に話す。

例えばこないだ見た邦画の恋愛ものの映画でこんなシーンがあった。

遠距離恋愛で、男は毎週土日に車を5-6時間走らせて彼女に会いに行ってる。彼女は「無理しないでね」と言うも、男は平気だよ、と聞かない。

で、熱愛も冷め、男は疲労もたまり、毎週の高速道路の高速料金がかさみ財布もピンチ、という時、彼女の家に高そうな本を見つける。で、突然ブチ切れる。

「こっちがどんだけ切り詰めてると思ってんだ!毎週5-6時間かけて車走らせて来てやってんだぞ!」

出たーー!!「我慢してあげたのにお前ときたら」爆弾ー!いつ破裂するかわからない。

で、彼女は泣きじゃくりながら「だから我慢しないでって言ったのに!」と叫ぶ。

悲しい。。とても悲しい事件。これはこれでアリかもしれないけど、もしこの事件を未然に防ぎたいならこうすればいいかもしれない。

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親に敬語を使うことについて

こんにちは!ガストに昔、ガストンという名前のマスコットキャラクターがいました。かわいかったです。ガストンです!

僕が高校生だった頃、社会の先生がある日授業中にこんな話をしていた。

「やっぱりねえ、大学に入って成人を迎えると心境の変化とか考え方の変化とか色々ありますよ。まず僕は20歳になってから親に敬語を使うようになりました」

クラスからは「えーー」という驚きの声が上がった。どんな「えーー」かというと「えーー変なのー」「親に敬語ー?気持ちわるーい」「気持ち悪いよねー」「ていうか先生気持ちわるーい」みたいな「えーー」だった。かわいそうに。立派な先生なのに。僕はその先生のことをなんとなく尊敬していた。見ていて、頭の回転の速さだとかが汲み取れる。その先生が、二十歳を超えてからは親に敬語を使うようになった、などと気持ちの悪いことを言っている。

高校生当時は親に敬語を使うということが全くイメージできなかった。どんな感じかわからない。想像つかない。自分も、まあ、いつか結婚とかする頃には敬語で話すようなシーンもあるかもしれないけど、まだ先の話だなと思っていた。

でもそのシーンは案外早くやってきた。結婚するわけでもないのに。確かに20歳を少し過ぎた頃、僕は親に敬語で話すようになった。

一人暮らしをすることに関しての親の「教育」が明確に始まった。ある時から、メールでの文面が、親の方から敬語になった。メールでやり取りする時というのは主に仕送りの話だとか将来の話だとかなので、「養われている」ということについて考える。途端に、こちらも敬語を使うことが自然に思えた。最初は気恥ずかしかったけど、今はもう慣れた。

今は、会って話す時や電話でたわいのない話をする時はタメ口、メールは基本敬語、会って話したり電話するときでも真面目な話をするときは敬語、という風になっている。使い分けている。本当は全部敬語の方がいいかも、とも思いつつ、楽しい話はタメ口でした方が楽しい、というのがあってそうなっている。今のところ怒られていないからこれでいいかなと思う。

敬語を使うことで親に対してある種の恐れを抱くようになった。いい意味の恐れだ。言い換えるなら緊張感。緊張感は必要だ。最低限の礼儀につながる。まじめな話。大学卒業後、就職もせずに舞台をやってるような身分には特に必要なんだろう。

親に敬語を使うかどうかとかって、めちゃプライベートな話で、他の人はどうなんだろう、と気になる。聞かないけど、気になる。

「誰でも楽しめる演劇」なんかない

こんにちは!箱ティッシュのストックが全部なくなってから箱ティッシュを買いに行きます!いいえ、正確には「ああ買いに行かないとなあ」と思い続ける状態に突入します!ガストンです!

最近思うこと。半年前くらいまで、「誰でも楽しめる演劇」を目指してた。目指してる、と公言してたし、そう思ってた。でも今はちょっと違う。「誰でも楽しめる演劇」なんて言葉、もう使えない。

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