上ばかり見ているとつまらない人になる

こんにちは!酔っ払っているときは絶好のガストン日和ですね!ガストンです!

今日は、「こんな仕事を引き受けることになった!どうだ!すごいだろ!すごくね!?すごいよね!?褒めて褒めて!だってすごいじゃんね!?っていうことを、言わない方がかっこいいかもしれないけど、言ってくれる方と喋りたいよね」っていう話。どういう話?


さっきねー。友達と飲んでたの。お酒はいいね。普段考えないことを考えるきっかけを与えてくれる。

で、おれその飲み会での自分の発言を思い返して、ああ、おれつまらない人間になったなあ、と思いました。何があったか話すね。

こういう会話がありました

おれ「おれねー、今度デザインの仕事することになった」
人「え!?」
おれ「〇〇(とある機関の名前)から仕事の依頼がきて」
人「え!?」
おれ「デザインだけかと思ったら企画からおれに考えて欲しいって言われて。イチからおれが考えることになった」
人「すご!」
おれ「お金もちゃんともらってね。仕事です」
人「すご!」
おれ「うん、嬉しい」
人「え!?すごくないですか!?」
おれ「ね、すごいでしょ。頑張る」
人「えー!頑張って下さい!」

はい。こんな会話がありました。この会話からいろんなことがわかりますね。一つは、この話し相手は人であるということ。もう一つは、この話し相手は後輩であるということ。そしてもう一つは、この話し相手はいい感じにガストンをおだてて持ち上げていい気分にしてあげようと思って、いいリアクションをとってくれているにも関わらず、ガストンはかっこつけてさもこの度の処遇は「え?そんなすごいことではないけど?このくらいボクの人生においてはよくあることだけど?さしたるアクシデントハピネスではないけれど?」と言わんばかりのすました態度をとってしまったことで、後輩の人に「キモっ。何こいつ。線路の上で昼寝してるところを山手線に全速力で撥ねられて1キロメートルくらいスカイフライすればいいのに」と思われたであろうことがわかります。

でね。で。

後輩の心にそんな危ない妄想しちゃうような悪をもたらしてしまったことを差し置いても、おれは今回のリアクションはとてもつまらないものをしてしまったなと反省したわけです。というのもね、今回のような出来事(学生に毛が生えたような存在で、デザイナーとして正式に働いた経験もないようなペーペーである僕が、お金を頂いてデザイナーとして立派な仕事をうけるということ)は、実は初めてではないのよ。でも、もし今回のような出来事が初めてあった時にはこんなすました態度をとらなかったと思うわけです。

数年前、デザイナーとしてお金もらう仕事をする、というのが人生で初めてあったとき、おれは舞い上がってた。喜び、舞い上がり、踊り、狂い、昇ってた。天に。

今回のような出来事が初めてだった場合、おれはきっとこんな風に人に語ってた。

おれ「ちょ。人。おい人よ。聞いてくれ」
人「なんですか」
おれ「おれはやったぞ。ついにやったぞ。聞いてくれ!」
人「聞いてますよw」
おれ「おれはな。今回な。〇〇(とある機関の名前)から正式に仕事をもらってお金ももらってデザイナーとして仕事をすることになりました!!!ウェーーーーイ!!」
人「おおおおーーーーー!!!」
おれ「ドンドンピー!ドンドンピー!」
人「アワワワワ!ピーヒャララ!ピーヒャララ!」
おれ「ファーーーーwwww」
人「えらいやっちゃ!!えらいやっちゃ!!」
おれ「今まで美大で課題しかやってなかったようなおれがこの度!社会的に価値のある!お金の発生する!立派なお仕事を!お受けする運びとなったぞーー!!」
人「すげーー!!」
おれ「デキるデザイナーへの第一歩だぞー!!」
人「先輩すげーー!!え!?まじすごくないっすか!?」
おれ「おれもそう思うーー!!」
人「先輩すげーー!!」
おれ「ウェーイ!」
人「ウェーイ!」
おれ「ウェーイ!」
人「ウェーイ!」
おれ・人「ウェーーーーイ!!」

はい。このことからわかるのは、一つは、後輩は人が良すぎるということ。もう一つは、その後輩に愛の無い持ち上げ方をされていることに気づかずいい気になっている可哀想な先輩はきっとこの先いつかこの後輩に見捨てられるということ。そしてもう一つは、この先輩と後輩のやり取りはハタから見たら多分結構面白い、ということです。

そして、もう一つ。なんといっても、「後輩は、先輩の『変化』を目の当たりにしている」ということです。

これはきっと後輩にとって新鮮なはずです。

僕は美大を卒業しましたが、在学中、もし先輩が、「外部から話をもらってデザイナーとして仕事をしている」なんて話を聞いたら、きっと僕は「すげー!!」って素直になったと思うんす。で、その感覚、つまり「すげー!!え?すごいっすよね!?それすごいことっすよね!?」という感覚を先輩と共有したがったと思うんす。そこで先輩が、本人も本当は内心「すげー!」ってなってるにも関わらずそれを隠してかっこつけて澄ました顔で「え?そうかな?HaHa」なんて言ってきた日にはその先輩に幻滅です。がっかりです。失望です。disappointedです。失望です。

先輩がね、どういう経緯でその仕事をゲットしたのか。誰とコネがあったのか。いくらもらって仕事するのか。そういう諸情報よりもはるかに僕は先輩の気持ちの盛り上がり様に興味関心があるわけです。そこを知りたいわけです。

いやね、わかる。すごいことがあった時、そのまま素直に「すごくね!?すごくね!?」と言いふらすよりも、さりげなく教えて「え?すごい?そうかな?HaHa」と澄ました態度をとった方がかっこいいのはわかる。気分もいい。

で、話はそれだけじゃない。まだもっと複雑。

おれね、今回自分が澄ました態度をとってしまった理由は実際、かっこつけたかったからじゃないのよ。

実は仕事もらうのはもう2,3回目。だからつまり、

『本気でそんなにすごいことじゃないと思ったから』

なのよ。これ深刻よ。

こうやって、人は気付かぬうちに少しずつ上に登っていくのかしらね。

そうやって、私たちの先輩はいつの間にか、「いつか手の届く先輩」から「手の届かないすごい人」になっていくのかもしれないわね。

別に自分が本気ですごい人間になったとか思っちゃいない。ただ、自分は初心を忘れたくないんすよ。「お金もらって仕事する!!これってすげー!!」って、毎回、これからも、思い続けたいわけよ。

舞台にしても、「人が集まって1時間半の作品を作る!これってすげー!」って思い続けたいわけよ。

何より、おれは教育に関心がある。気持ちの教育をしたい。世の中の先生と呼ばれる人たちの99.999パーセントは、気持ちを教えてくれない。自分が若かりし頃、何かの階段を1段上がった瞬間の興奮を教えてくれない。知った風な顔で「ほほう、君はまだそのレベルか」とか言いやがる。もっとひどいやつは「ほほう、君はまだそのレベルか。いや失敬。私もまだまだ勉強の身。偉そうなことは言えない。一緒に頑張ろうな」とか言いやがる。そうじゃない。おれが望んでるのは先生が先生になった瞬間の興奮日記なんだ。興奮はしてなくてもいいから昔の先生の未熟な一歩に共感し、その興奮に憧れたいんだ。

話がわからなくなってきた。

つまりね。「上を目指して、上を見てるからこそ(足元見てないからこそ)、すごいことしても威張ったりせず、自分がまだまだ未熟者だと自覚することができて、謙虚でいられる」っていうのは確かに立派なことだと思うけど、(社会的に)後輩の立ち位置の奴らと話す時はその感じ一旦置いといて、とりあえず興奮気味に話してくんない?ってこと。だってそっちの方が聞き手で後輩であるこちらとしては世の中がより明確に見えてくるから。先輩がやってることはどれくらいすごいのか。どれくらいすごくないのか。その正しい位置が見えてくる気がするから。だからかっこつけずに上なんか見ずに今までの過去の自分と比べて、すごいなら興奮して、すごくないなら沈没して、ありのままの感覚で話してくださいよ、と思う。

上ばかり見ているとつまらない人になる。後輩にとっては、ね。

上ばかり見て、ずーっとノンストップで成長されちゃうと、後輩や世間から見たら、「ただの天才」になっちゃう。つまらないよ。人として未熟な人間が未熟な部分を惜しみなく赤裸々に書くブログってめちゃめちゃ面白いじゃない。最近のガストンにはそれがないからつまらないんじゃない。私だってよくわかってるわよそんなこと。できるだけ未熟を晒したいわよ。人の備忘録なんて、その人の闇と未熟と恥にこそ価値があるのですから。