知人の目より他人の目を気にした方がいい

こんにちは!おふざけのつもりで子供を驚かせて泣かせて反省しなかったことがあります!今は反省してます!ガストンです!

知人の目より他人の目を気にした方がいい

僕は人の目とかすごく気にするタイプです。何か新しいことを始めようとするといつも「友達からどう思われるか」を気にしてしまいます。例えばこのブログにしてもそうです。「ブログ書いてネットにあげるなんてキモチワルイなあ」とみんなに思われるんではないかとかめっちゃ考えます。そんな風に、制作とか仕事において、人の目を気にしてしまうことが僕はよくあります。

で、これ、人の目を気にする、ってひとくくりにするんじゃなくって、気にしてるのは「知り合いの目」なのか「赤の他人の目」なのかにわけて考えたら色々救われることに気づきました。僕は「知り合いの目」ばかり気にして「赤の他人の目」のことはあまり気にしてなかったということがわかったんす。

で、急に世の中で自分なんてブチクソちっぽけな存在だと思った

そう考えてみると、「今まで知り合いになった人にどう思われるか、よりも、赤の他人に『おもしろい』と思ってもらえることの方がものつくる上での心構えとしてむっちゃ大事じゃん」ってことに気づいた。

でも結構周りにいる美大の友達なんかを見ていると、僕みたく周りの知り合いの目を気にしている人が多い気がする。これ作ったからみんな見てよ!!みたいな姿勢でガンガン宣伝するのってちょっと勇気いる。

こないだ、このブログの存在をより多くの人に知ってもらうためにfacebookの知り合いに一斉に「ちょっとそこの君、いいね!押してもらえないか」通知を送りまくった。手当たり次第に送りまくった。めっちゃ勇気いった。600人くらいいる知り合いほぼ全員に送ったんじゃないかってくらい送った。そしたら今まで「3」だったいいね!数が一気に「54」になった。めちゃ嬉しかった。「ああ、500人くらいに今『うわあ自分のブログ宣伝してくるとかうウザぁキモぉ』とか思われてるんだろうなあ」と思いつつもやっぱ嬉しかった。これを気にもっと多くの人が見てくれるようになると嬉しい。飛び火して今まで全くガストン知らなかった人が読んでくれるようになったりするともっと嬉しい。

でね、500人に言い散らかして54人なんすよ。10分の1。世の中そんなもん。多分、自分が思ってる以上に世の中の人は自分のことを気にしてない。おもしろいものがあれば見る、おもしろいものがなければ見ない、そういうスタンス。おもしろくもないのに宣伝してるぜあの野郎バカみたいだな、なんてことを言ってる暇はない。みんなそんな感じだと思う。

周りの友達を見ていると時々、どうもこの「ガンガン宣伝することの恥じらい」に甘んじてほそぼそと制作している人が多い気がする。こないだある展示のある出品者は、出し物がパフォーマンスであるにも関わらずその開始時間を展示会場のどこにも書いてなかった。展示のwebページにも書いてなかった。聞くと「偶然の出会いみたいな感じにしたい」と言っていた。この場合も、僕にはどうも別のところに理由がある気がしてならなかった。つまり恥じらいみたいなものがあるように感じられた。

他にも、例えば、ブログを始めたけど始めた勢いでみんなに宣伝しといて三日坊主で終わったら恥ずかしいから、軌道に乗ってからみんなに宣伝しよう、みたいなね。あるよね。てか僕もそうだった。でも今思えば、軌道に乗る前の記事は誰にも見てもらえないんだよね。もったいない。でも日本人結構そういう人多い気がする。

割りきって他人のためにガンガンもの宣伝すればいい

どうせ自分の展示とか作品見てくれるのはほとんど知り合いだけだけどさ、それでもほんの数人、赤の他人が見てくれるかもしれないじゃん。その人を楽しませられるかどうかが制作する側として持ってるべき指標なんじゃないかと思う。だからみんなもっと割りきって恥じらい捨てていこうじゃないっすか。そんでもっとクリエイティブがバカにされない国にしようじゃないっすか。演劇とか歌とかを「ダッセー」って小バカにする小学生みたいなノリを早く忘れ去りましょいや。

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