僕がカレンダーアプリから手帳に変えた理由

こんにちは!つい最近ネットで大口を叩いて後に引けなくなりました!ガストンです!

皆さんカレンダーアプリ使ってますか?ちょっと前まで僕はガンガン使ってました。手帳?ハッ。今の時代に君はまだそんな紙にしがみついているのかい?かさばるし、ペンがないと書き込むこともできないし、なくしてしまえばおしまいじゃないか!僕?僕は当然カレンダーアプリで予定を管理しているよ!これならいつでもどこでもペンなしで書き込めて、ポケットからiPhoneを取り出せばすぐに確認できるし、万一iPhoneをなくしてもデータはクラウドに保管してあるから安心!これの便利さに気づかず「やっぱり紙でしょ」などというステレオタイプに縛り付けられていることの不自由さにいつまでも気づかない手帳族はなんて愚かななんだろう!と、思っていましたがやっぱ紙だわ(ドーーーン!!)そう思った経緯。

生きてるってなんだろう

いきなり悟りを開き出したサブタイトルですが、カレンダーアプリを使っているとだんだんそう思えてきました。どういうことかというと、もうね、便利すぎて、予定を頭にとどめないの。記憶装置の外部化が進みすぎて、例えば朝起きて昼の予定と夜の予定を確認する。昼の予定を終えた時もう夜の予定忘れてんの。また忘れた時確認すればいいから、覚えなくていいの。そしたらおれ覚えないタチなの。いつでもすぐに確認できる、っていう状況が、数時間後の予定を頭に留める努力を放棄するわけ。そしたらあたしさ・・・気づいた時にはもう、今日が何日なのかさえ、カレンダーを見なくちゃわからない人間になってたわ・・アプリを開かなきゃ、自分の今日の生き方さえわからない・・・カレンダーを利用しようと思ってたのに、気づけば自分が、カレンダーに使われてたのね・・・

手間が便利さを生む

そんな自分が嫌になったわ。そして思ったの。手帳を使えばいいんじゃないかって。可笑しいよね。でも本気だった。だって、手帳は確認するためにカバンから取り出さなくちゃいけないし、予定を書き込むのもアプリより面倒でしょ?そしたら、一度手帳を開いた時に、今日一日の予定を頑張って把握しようとするんじゃないかと思ったの。これは本当に、そうなったわ。皮肉なものね。手間を省きたくて便利なものを使っていたはずが、本当は手間をかけた方がかえって便利だったなんて・・・
手帳「お嬢さん・・」

画面と紙面の根本的な違い

デバイス「裏切ったな・・・」

お嬢さん「デバイス・・・!」

デバイス「おれはあんたを信じてた・・・何ヶ月も先までおれに予定を入力するあんたは、これからもずっとおれのそばにいてくれると思ってた・・・」

お嬢さん「違うのデバイス!」

デバイス「違うもんか!手間がかえって便利だと・・・!?ふざけるな!そんなバカな話・・・!あってたまるか!!」
お嬢さん「理由は他にもあるわ」

デバイス「なっ!?」

お嬢さん「近年、ある学者が、紙面と画面から目に伝わる光と、それに関する注意力の違いについて発表したわ。それによると、紙面上の情報は蛍光灯などの光が反射して目に入るのに対し、画面に映った情報は画面そのものから発せられる光がそのまま目に入っているわ。この二つで、視覚から伝わった情報を処理する際に使っている脳の部分が違っていて、紙面の情報を処理する時だけ、脳が『疑いモード』になるそうなの。ポスターなんかを作った時、印刷してから文字の間違いに気づくのもこれが原因よ。参考リンクはこちらよ。だからねデバイス。あなたが悪いんじゃない。私の脳が悪いの。許して・・・」

デバイス「お嬢さん・・・すまねえ。あっしはそんなことも知らねえで・・・あっしは!あっしは・・・!」

お嬢さん「いいのよもう・・・あなたが紙のような反射光ではなく、透過光ディスプレイを採用している限りこれはどうしようもないことなの。あなたはあなたのできることをすればいい」

デバイス「お嬢さん・・・!」

手帳「おやお嬢さん、今度反射光ディスプレイが発売されるみたいですぜ」

お嬢さん「あら乗り換えようかしら」

デバイス「貴様ーーーー!!!!」

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