自分の行動の判断基準

こんばんは。3週間くらいやっているskype英会話で、「What means (わからない英単語)?」と「Sorry?(もういっかい言って)」を繰り返してたらなんとかなるということを学んだグストんです。

最近僕の中で大事にしている行動基準があります。それは

「嫌いだと思ったらやめろ。めんどくさいと思ったらやれ。」

ということです。こないだTwitterで誰かが言ってたことの受け売りのうろ覚えなんですが、これが結構気に入ってます。

僕が最近やっているスカイプ英会話は、毎日何時から何時までとか決まってなくて、一回終わるごとに次の回を予約しないといけないのですが、今日の分をまだ予約してなかったとき、「今日だるいなーさぼっちゃおっかなー」と魔が差しました。ここで、自分に問いかけました。

「自分は面倒臭がっているだけなのか、それとも心の底からやりたくないと思っているのか」

心の中とは言えこういう風に明確な自問をすると意義のある自問自答ができたりします。

「はい。おれは面倒臭がっているだけです。どうせここ踏ん張ってちゃんと授業受けたら後々、踏ん張ってよかったスッキリてなるのは知ってます」

と正直に答えて、予約のボタンを押しました。

こういった「自分の次の行動を左右する問いかけ」というのはとても重要です。もうひとつ例を挙げると、僕は、高校1,2年生の時、大学受験よりも来年度、英数クラスに入れるかどうかを重要視していました。死ぬほど英数クラスに入りたかったのです。そして、放課後に「今日このまま帰ろっかなーそれとも自習してから帰ろっかなー」と悩んだときや、風呂あがりに「今日このまま寝よっかなーそれとも1時間勉強してから寝よっかなー」と考えたときは、次のように自問自答していました。

「ここで勉強したら来年確実に英数クラスに入れる。しかしここで勉強せずに楽な方をとったら来年確実に一般クラスになる」と。

そして常に勉強する選択肢を選び続けて、見事3年間念願の英数クラスに入ることができたのです。我ながらこの時代の自分はかっこいいです。見習います。

いろんな場面で強い効力を発揮する(自分を好きな自分になれる方向へ引っ張っていける)自問自答をたくさん用意しておくと僕自身は幸せになれるんだろうなと思います。

生活のあらゆる場面で大きいものも小さいものもいろいろな後悔というのがたくさんあります。二度寝、遅刻、提出遅れ、英数クラスに入れなかった、憧れの大学に入れなかった、etc…

それらすべて起きる前に、「フラグ」が立っていたんだと思います。「あそこで誘惑に負けなければ…」と後になって思う場面があったはずです。そこが自問自答すべきだった場所、そしてその自問自答で自分に打ち勝つべきだった場所なんでしょう。これらに気づくことはやってみれば案外簡単で、「あ、今、岐路に立っているかもしれない」と思ったら、楽じゃない方、めんどくさい方を選べば大抵正解です。

楽じゃない方を選べば正解だなんて世も末だと嘆きたくなりますが、本当はぼく自身が、楽じゃない=幸せ、みたいな方程式を確信している真性のMなので仕方ありません。楽じゃなくても、本気で課題取り組むことは楽しいのを本当は知っています。

本当は知っている自分に嘘は通りません。やらないのはめんどくさいだけだと本当は気づいているからこそ、楽な方を選んだことに対してのモヤモヤがとれないのです。後悔しない選択を少しでも多くして行きたい今日このごろです。

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