サークルでの頑張りと報酬は比例しない

こんにちは!中学生の頃、「今日食べた野菜、ラーメンのネギだけかも、、、?」という野菜ジュースのキャッチコピーを見て、「そんなにやつさすがにおらんやろ」と思っていたガストンもすっかり大人になって、昨日食べた野菜は野菜ジュースだけです。ガストンです!

今日は、みんなでものつくるサークルに所属しているものの、あまり意見言わないし、課題を理由によく休む人を「効率くん」と呼びましょう。効率くんは、サークルに時間を捧げて学生としての本分(課題)をおざなりにしてはいけないと考えていたり、何も考えていなかったりします。そして、効率くんとは逆で、サークルに24時間と数ヶ月を捧げ、課題は手を抜いて提出し、授業は単位を落とす限界までサボる人を「熱中くん」と呼びましょう。熱中くんは、学生のうちはやりたいことを全力でやるべきだと考えていたり、何も考えていなかったりします。みなさんは、どちらかといえばどちらですか?今日は、効率くんは実は効率が悪く、熱中くんは実は自分に酔ってるという話です。あっごめん泣かないでっ

効率くんの頑張りは時間に比例しない

例えば、4ヶ月かけて一つの舞台を作るサークルに効率くんと熱中くんが入ったとします。効率くんがサークルに捧げた時間(家での自主練を含む)は、熱中くんがサークルに捧げた時間(昼食を食べながら当日スタッフの準備について考える時間を含む)の3分の1だったとします。このとき、効率くんが最終的にサークルを通して得たもの(満足感、達成感、人望、人脈、スキル、自信など)が、同じく熱中くんの3分の1手に入ると思ったら大間違いです。残念ながら、10分の1ぐらいしか得られないことが多いです。時間と頑張りが比例しないとはこういうことです。

僕の経験で言えば、舞台などの「本番」があるものをつくるサークルの場合、メンバーの1割が最初から全力で頑張り、6割が本番が近づくと頑張り、2割は本番当日だけ頑張り、1割は最後まで頑張りません。で、6割の本番が近づくと頑張る人の終盤の頑張りは、最初から頑張る1割の人の初期の頑張りに劣る場合が多いのです。自発的な頑張りじゃないからです。ここでいう効率くんというのがこの6割にあたる人です。ちなみに、本番だけ頑張ったり最後まで頑張らないのはただの「サークル入ってみたかったから入ったものの思いの他しんどくてでもやめる勇気もない」くんです。ここではこの人については割愛します。

僕は何もここで効率くん(課題を理由に練習を休みがちだけど、本番が近づいたらちゃんと頑張る人)をフルボッコにするつもりはないです。安心してね。ただ、効率くんにありがちなのが、自分のやり方は熱中くんのそれに比べて効率がいい、と勘違いしていること。実際はすごく効率が悪いです。効率くん的な参加の仕方で3つのサークルに入るくらいなら、熱中くん的な参加の仕方で1つのサークルに入った方がずっといい経験になったと自分自身が自負できるはずです。熱中くんは効率くんの何倍も団体のことが見えています。効率くんが「どうやったらサークルのみんなに嫌われずに済むか」を考えている間に熱中くんは「どうやったら舞台がよくなるか」を考えていたり、嫌われることを覚悟で「もっとちゃんとやってよ」と周りにお願いしたりしています。自分がサークルに入った目的が「友達をつくること」ではなく「いいものをつくること」であるなら、熱中くんが正しい。

舞台が完成した打ち上げではどうしても「みんなよくここまで頑張った」という雰囲気が醸し出るから効率くんが反省と後悔をする余地がない。途中からしか頑張らなかったのにそれを責められることはない。熱中くんからすれば「ふざけんな。お前が最初っから頑張らなかったせいでどれだけ本番のクオリティが下がったと思っているんだ。おれはあれで満足してないぞ」という心持ちなのに、そんなこと言える空気でもないことが多いので言えない。最後だけ頑張ればいいムードになるから効率くんは誤ちに気づかない。

熱中くんは酔って課題をやろうとしない

効率くんが心の中で泣きそうになっているので話は変わって熱中くん。熱中くんにありがちなのが、「課題や授業をおざなりにしてまでサークルに打ち込んでいる自分に酔っている」という現象だ。美大生の中には少なからず「やれ、と言われたことをおざなりにしてでも、やりたい、と思ったことを突き進むことが美徳」という考え方がある。これはこれで正しいかもしれないが、そもそも美大生は授業料を払って大学に来たくて来ているわけだから、どちらかというとこの考え方は「やりたい、と言っていることをおざなりにしてでも、やりたい、と思ったことを突き進むことが美徳」という風に言い換えることができる。日本語としておかしいが、人としての成長途中にある大学生の頭の中なんて基本的に日本語にすればおかしいものだ。結局は、どちらかに縛られているとどちらかに憧れる、という心理に振り回されている人が多いのではないか。

さらに、熱中くんはこのように勘違いしていることが多い。「学生のうちにしかできないことを全力でやることは正しい」「自分が将来舞台の道に行かなかったとしても、サークルでの頑張りは自分のためになっている」と。残念ながらそれは「よく言われていること」というだけであって「真実」ではない。もちろん、自分が後々そうだと確信できればその時真実になるが、疑いなく「サークルまじで間違いなかった」と誇れるというのは、なかなか難しいのではないか。少なくとも、自分は大学2年生のときに完全なる「熱中くん」だった。デザイン科にいるにも関わらず舞台に夢中だったし、それを間違いだとも思っていなかった。そして、今、自分のデザインレベルには自信がない。後悔はしていないが反省はしている。サークルでは人の動かし方やスケジュールを上手く回す方法などを学んだ気になっていたが、それも、結果を出さなければ報われない。結局は「社会人になってどれだけ上手く行くか」が勝負だ(間違っても内定を取れるか、ではない)。

結局のところ、効率くんと熱中くんのどちらが正しいのか、という結論は簡単なもので、「課題をちゃんと出す熱中くん」が正解だ。ここで言う正解とは「自己満足できるか」だ。だから、そういう意味では効率くんも、「おれは友達増やすためだけにサークルに入った」と言い張るなら、サークルをある程度サボっても正解だ(逆に嫌われそうだが)。あるいは、「サークル入ってみたかったから入ったものの思いの他しんどくてでもやめる勇気もない」人が勇気を出してやめて、気分スッキリあーよかったと思ったならそれも正解かもしれない。

もちろん、その答えが5年後も「正解だった」と言えるかは別だが。