生きた心地がした

こんにちは!いつもブログは嫌々書いています!今日も嫌々です!ガストンです!

僕はなんで生きているんだろう、とか、人生で一番楽しかったのっていつだろう、とか、そういうことよく一人で考えます。僕はちょっと前までカナダに留学していたのですが、わけあって帰ってきました。で、カナダで日本に帰ろうと決心したある瞬間というのが明確にあります。実際はその瞬間よりも少し経ってから帰国したんですが、あの瞬間について書いておくね。

生きた心地がした瞬間

まあ、観光とかにあまり興味がない僕はカナダにいても割りと暇だった。図書館にこもって自分が大学でやった演劇作品の映像編集とかしてた。youtubeで演劇とかお笑いの動画を見たり、演劇関係の本を読んだりしてた。そんなある日、舞台で食っていくということをこれまでにないくらいに真面目に考えてみた。それ関係の本を読んだり、バイトしながら小劇場で演劇やりながら生活してる人のブログを読んでみたり、頭の中に浮かんでいた脚本を、やる予定もないのに書いてみたりした。未来を妄想してみた。どんな舞台を作りたいか、作品を通して何がしたいかのコンセプトとかも自分なりに考えてみた。世間に対して自分はこんなキャラ付けをしていこうとかも妄想してみた。

東京に返って、バイトをしながら、今まで目指していたwebデザイナーになるということを切り捨てて、代わりに舞台で食っていくことを目指す、ということを妄想した瞬間に、ものすごく、生きた心地がした。もう、すごかった。あれはもう生きた心地としか言いようがない。365日24時間残り寿命約60年間という巨大な時間が急にすごい財産のように感じた。このためなら生き生きと生きられる、という気がした。今まで、僕は働いたことがない。学校に属していなかった時期というのが人生の中にないのだな、ということに気づいた。今までずっと、親の仕送りで生きてきた。これを卒業して、365日24時間、頭の中にある、舞台で自己表現をしている自分を現実にするためだけに生きるのだ。バイトやお金稼ぎは、ただ食っていくためだけにするのだ。この妄想を現実にするためなら、僕は頑張れる。中学や高校の文化祭前、大学の芸祭や公演前のあの感じ。あの感じでずっと生きられる。

あたし舞台大好き

昔から演劇や人前で何かを披露するのが好きだった。中学ではクラスの演劇の脚本と演出をやった。高校ではクラスのダンスの振り付けを考えてみんなに教えた。大学1年でepa!というパフォーマンス団体に入って、人前で踊ることの楽しさを知った。大学2年でepa!で脚本と演出をやった。脚本と演出の楽しさを知った。大学3年はepa!のwebサイトを作ったり、外部から初めてちゃんとしたwebデザインのお仕事をもらったりして、webデザインを頑張った。今振り返れば、大学3年生は、がっつり舞台をやっていなくって、物足りない一年間になってしまった。4年で、劇むさという演劇サークルで役者として演劇をすることの楽しさを知った。それが終わった後すぐに友達と喜劇専門の演劇集団、舞台屋アホロというのを立ち上げて、自分で脚本、演出やってすぐに上演して、卒制は舞台と全く関係のないことをやり、卒業寸前にアホロの第二回公演をやった。大学(武蔵野美術大学)ではデザイン情報学科という、舞台とは関係のない学科に属していた。大学での4年間は、自分は舞台がこんなにも好きなんだということに気付くための4年間だったと思っている。

会社が羨ましい

ムサビ(武蔵野美術大学)でepa!で演出をやっていた時、こう思ったことがある。「おれたちがどんなに頑張っても、epa!みたいな学生団体は毎年代表が変わる。その年のコンセプトも哲学も方向性もみんなその年の学生が決める。だから年を経てどんどん成長していくことに限界がある。でも世の中の会社というものは、同じ人が幹部や社員を何年も、何十年もやっていて、毎年の失敗を活かしてよくしていける。会社が羨ましい。おれは将来会社の社長になりたい」と。まあ会社の社長になるかは別として、こういう考えを持っていた。今も持ってる。何年も同じ団体で表現活動ができたら、メンバー全員で一緒に成長していけるのに、という歯がゆさがあった。

これから、舞台を本気でやってみようと思う。もちろん上手くいく保証はないけど、海外行って「海外なんておれが来るとこじゃなかった。もういいや」と思えるようになったのと同じように、舞台に対してもやれるとこまでやって、他の人生をどうせ生きるのなら、せめて舞台を諦めてからにしたいと思う。じゃなきゃ、せっかく天才に生まれた意味がないと思う。(あれえェーーーー!!!!!)