R帝国

中村文則さんのR帝国をついに最後まで読んだ。ついに読んでしまった。リーガルハイやブラックミラーを最後まで見終わってしまった時の脱力感に近い。

特に面白かった瞬間をメモった。

52 彼らから早く離れたくなっている

54 抵抗 反抗と抗の字が同じだが

82 叔母を殺したのは移民たちだった

135 沖縄戦で日本は論理的だった

160 加賀と早見さんのどちらが悪だと思う

162 電気療法

198 深く考えてはいけません

(どこのぺーじだっけ)よくある失恋の思い出を大切にしすぎた

(どこのページだっけ) 幸福とは閉鎖である

(どこのぺーじだっけ) 20パーセントのチンパンジー

(最後のページ) 誰か僕たちを助けて下さい

このリストアップ作業はまだ途中。後半のスーパー面白シーンがまだ入ってない。

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「つまり人間とは何か」

多くの小説や映画や舞台作品がそれを主題にしている気が、最近してきた。

R帝国も完全にそれだ。「幸福とは《閉鎖》である」というセリフがある。もう最高だ。この一行で2時間は喋れる。

先進国とは何か。幸福とは何か。世界中で人々が飢餓や戦争に苦しんでいる横で僕たちは夢を語り、愛を語り、幸せとは何かを考える。彼らを無視することで、些細なことで浮き沈みある豊かな「日常」を確保する。

いやね、そういう話はごまんと聞かされてきましたよ。「世界がもし100人の村だったら」っていう絵本とか、ラッドウィンプスの「狭心症」とか、好きよ。

「地球上には衣食住さえままならない人々がたくさんいる」とか、「人類の7割はまだテレビを見たことがない」(何年か前の情報なので数字は変わってるかも)とか、「低賃金で劣悪な環境で外国の人たちが働かされている代わりに日本では質の良い服が2千円で買える」とか、聞いたことある。

聞いた時に、へぇー!と思った。まじかよー。やべえじゃん。世界には知らないことがいっぱいだなあ。考えさせられるなあ。幸せってなんだろなあ。おれは恵まれているのかあ。なんて。

R帝国は、この、「考えさせられる」分量が、ほかのあらゆるものの比ではない。

とにかく具体的で現実的な情報がどさどさと降り注ぐ。こっちが1ページ前のセリフで「考えさせられている」状態のまま、次のテーマが降り注ぐ。

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思考実験が好きです。「5人と1人とトロッコの話」とか好きです。「トロッコが暴走してこのまま行けば5人死なせることになりそうだけど、レバーを引けば路線変更して、1人死なせるだけで済む。あなたはレバーを引きますか?」ってやつ。

こんなんが膨大に降り注ぐ。こんなんのもっともっと身近で皮肉的で残酷なやつが。現代に生きる僕たちからすれば“すでに答えを出してしまっている質問”をされる気分。

そういう興奮を文学的な言葉で包んで披露してくれるから最高に面白い。物理学や心理学や経済学や戦争や恋愛やAIや政治のスーパー面白い話を、文学作品として胸に染み込むセリフと言葉で書き記されているから面白い。とても面白い。

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最後のページの最後の一行が、この分厚い本の中で最高の一行だった。

「吉川」という男の、心の叫び。

あの一行で終わり。最高だ。

本の一番最後の一行が、その本の中で一番面白かったことなんて今まで一回もなかった。たまらん。

知り合い全員に読んでほしい。順番に貸したい。

そして語りあいたい。

人間とは何か。

目を閉じてご飯を食べると

目を閉じてご飯を食べると、味覚というものの存在に気づく。

視力の低い人がメガネをかけるとより遠くの景色がくっきり見えるように、いつもスマホやテレビを見ながらご飯を食べていた人が目をつぶってご飯を食べると、より細かく「味」を感じることができる。

昔、ウェブの専門学校の先生が言ってた。「世の中には2種類の人間がいる。生きるために食べている人と、食べるために生きている人。前者は食事を作業のように思っていて、後者は『今夜何を食べるか』を昼から考えてたりする。」なるほどしっくり来る部分が多いと思った。そして僕は間違いなく前者だと思った。その時は、そう思った。

もひとつ。

昔、有名な予備校のカリスマ塾講師の人の本を読んだ。その人はこう書いてた。

「僕は、食事をする時、必ず片手間に本や雑誌を読んでいます。何もせず、ただ食事だけをしている人の気持ちが全くわかりません。噛んでいる間の時間がもったいないと思いませんか?」

その時は、その通りだと思った。僕の場合、ご飯を食べながら考えることは、お風呂に浸かりながら考えることと同じで、大抵しょうもないことばかり。なら何かしらインプットした方が得。その方が将来の役に立つ。

そう思ってた。でも最近は考えが変わってる。

そもそも上の文章で『何のために生きてるか』とか『時間がもったいない』とか『得』とか『将来の役に立つ』とかの言葉が出てきたけど、最近はこれらの言葉は簡単に使いたくないと思ってて、それぞれ1時間ずつぐらいかけて紐解きたいくらいの言葉。

そう簡単に、生きる上で何を良しとし、何を良しとしないかの大前提を決めたくない。少なくとも誰かの受け売りを飲み込みたくない。最近は、そういう感じ。

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目を閉じてご飯を食べたことが一回もない人は、ぜひ一度試してみてほしい。

色々と考えられて、楽しい。

例えば、ヨーグルトを一口食べた時の味覚の動きについて、というタイトルで作文するとする。目を開けてやってみた時と、目を閉じてやってみた時とでは、きっと文章の深みが変わって来る。量で言えば目を閉じた時の方が3倍は多く書けそうに思える。

水一杯飲むだけでも、語れる。

水が唇に触れる。常温よりやや冷たい、と感じる。舌に乗り、喉に当たる。ここで唇を閉じる。すぐには飲み込まずに、少し水を蓄えてみる。口の中にある空気を巧みに喉に追いやり、口内を水だけで満たしてみる。みるみる、水温が上がっていくのを感じる。それも外側、つまり歯茎や舌との接着面から順に暖かくなっていくのを感じる。ここで、舌を使って水をかき混ぜてみる。水の中心部分はやはりまだやや冷たかったことがわかる。でも混ぜるとすぐに全体が暖かくなる。ふいに飲み込みそうになる。物を飲み込む時に使う喉の筋肉は、意識的に動かせない筋肉の一つで、一度飲み込み始めてしまったらもう止められない、という知識を思い出す。じゃあ、一気に飲み込むのではなく、少しずつ飲み込むことは可能だろうか。途切れ途切れにではなく、ちょろちょろと少量を連続的に飲み込み続けることは可能だろうか。やってみよう…というふうに。

水一口で、ここまで遊べる。

今気づいたけど、この例は「味」はあまり関係ないね。温度とか人間の喉の筋肉とかの話してるもんね。

でもまあ、「普段何気なくやってることでも、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませるだけでここまで遊べる」ということが言いたかったのです。

人生楽しい。

おわり。