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1おれたち金払って授業受けてる2長期的な自己投資

こんばんは。「青春っぽい」とは後からついてくるものである。ガストンです。

もうおれブログなんて書いてる場合じゃないはずで課題しなきゃいけないはずなので今日はさくっと終わらすよ。

こないだ短期留学でロンドン行ってきたの。あっちの美大が長期休暇期間に開講してるショートコースっての受けてきたの。ひとつ一週間で終わるショートコースよ。昼休み除けて一日7時間くらいよ。で一週間ていうのは5日間のことね。つまり7時間×5日間の授業ね。それに対してお金払うよね。コースによって額は変わるけど大体6万くらい。

で、授業受けてる間、英語はさっぱり聞き取れなくて暇なもんだからお金のこと考えてたよね。「こうしてる今も授業料発生しとるな」とかね。こんなのムサビで授業中に爆睡してても考えやしないよね。ロンドン来た途端にこんな感じですよ。授業内容とか教室の雰囲気とかは何も変わらないのにね。

そう、変わらないんですよ。みんながみんな多分、海外で美大の授業っていったら何かしら特別な感じ想像するよね。おれもそうだった。でも、一緒だった。デザイナーとして何年か仕事したことある先生が前に立って、デザイナーとして仕事なんかしたことない素人がその先生の話聞いて、やろうと思えば家で1人でできそうなワークショップやらされて、前に張り出されて、先生にコメントもらって、他の生徒も意見言ってくれたりして、で、終わり。全然想像できる範囲内ですよ。「こんなもんかー」ですよ。「まあそりゃそうかー」ですよ。国が違った所で授業の進め方とかそんなに面白いほど変わらないんじゃないかしら。もし僕のとった授業がそうだっただけだったとしても、少なくとも海外留学したことない人が想像する「なんかすごそう」に見合う授業なんてない。絶対ない。だって本当は「なんかすごそう」とか言いながらなんとなく想像してるわけじゃなくて何一つ想像できてないんだもの。なんとなくでさえない。行ってみて、具体を見て、形を知ってしまったら、もうふわふわした幻想は消えてしまうもんです。

長くなってしまいましたが、本題はこっからです。

「行ってみたらムサビの授業と大して変わらなかったにも関わらず、なんで僕は今になって『授業にお金払っている』ということに気づいたんだろう」ってことです。

もっと飛ばして今日言いたいことのオチまで言っちゃうと、

「ロンドンの美大に行って授業受けることになったとき、もし、自分が金払って予約したコース以外にも時間さえあれば自分が金払ってない授業にこっそり潜り込んでいくらでも聴講していい、って言われたらさぞかし大喜びして色んな授業を覗きにいくだろうに、なんでムサビでそれしないの?美術教育のレベルや雰囲気はそんなに変わらないというのに」という事です。わかったかなー?

ムサビ生なら平日昼、授業入ってないとき、文化総合1類とかいくらでも潜り放題だよね。下手したら学科別の1類さえ調べたら潜れそうなのあるよね。そして潜れる授業の中にはきっと自分が関心ある授業あるよね。もっともっと言うと、それはムサビ以外のタマビとか一般大とかにもあるかもしれないよね。しかもそいつらにも潜りは可能だよね。でも誰もしないよね。なんで日本語がこんなに流暢に使えてこの日本ではいくらでも行動できるのにしないんだろう。もったいないなと思ったわけです。ムサビって日本トップの美術教育機関デッセ。

ちょっと喋りたくなってきちゃったからもう一個書くぜ。

「ヶ月または年単位で自分のスキルアップの計画立てたことねーんじゃねおれ」ってことにもロンドンで考えちゃったよね。

ロンドンで語学学校にも通ってたんだけど、そこには、「2ヶ月前からここに毎日通ってます。あと4ヶ月ここにいます。その間に英語を仕事で使えるレベルまで話せるようになって、英語が必要な職に転職する予定です」みたいな志を持ってる生徒とかいたの。おれみたいな「ロンドンー?短期留学ー?こんなもんかー!」っていう感想を得にきた若者とは動機がまるで違うわけですな。

でさ、思った。「半年かけてこれをマスターしてそしてこれをできるようにする!!」みたいな「長期的な自己投資」って、おれやったことあるかなーと。

でも考えてみたらあったわ。デッサン予備校に通った3年間がそれだ。中学校の頃から「とりま美大っしょ。一般大とか行くかぼけ」とか生意気抜かしてた僕は、高校入って美術部入ってデッサンの予備校にも入って環境整えて3年間見事に継続してみせたわけだ。で見事に憧れだった武蔵野美術大学に現役合格したわけだ。あれ、ちょっとまって今思ったらこれ結構すごいことだぞ。おれ今まで自分のこと三日坊主だと信じて疑わなかったけど3年間もひとつの目標に向かって頑張った過去があっただなんて思いもしなかったわねえあなた。

「自分がどれだけすごいこと成し遂げて今があるのか」ってのはこうも盲目的になるもんなんだなと。だって考えてみたら、「中学の時から美大行くと決めてて高校3年間デッサン予備校通ってムサビ合格」とか、「高校3年でムサビに行くと決意してデッサン予備校通い出したけど只今一浪中」っていう人からしたら「すげー!!」って感じだと思うのよ。RADの曲にもあったけどおれがもう既に叶えてる夢っていっぱいあんのよ。それに憧れてる他人が世界のどこかにアホほどいるはずなのよ。でもそんなことおれら気づかない。

なんでか。夢叶っちゃってムサビ入っちゃったら周りはみんな同じ夢叶っちゃった人ばっかだから。みんなムサビ生だから。だからデッサンで受かろうと数学で受かろうとデ情受かってようと視デ受かってようと関係なく「私そんなにすごくないよお〜」って謙虚になる。学科なんて大した差じゃねえなってことにもみんな気づき始めるし。

で、例えば英語勉強してムサビ卒業した後海外の大学院に行く、とかも全く同じノリだと思うんだ。叶っちゃったら夢でも何でもない。

はい、もう終わる。終わるよ。まとめ。

最終的に言いたいことは、別に海外目指すつもりなくても「長期的な自己投資」は計画的にすべきなんじゃないかしら、ってこと。

社会人ならまだしも未来ありまくりの大学生が正月に「今年は色んなことに挑戦する一年にする!!」なんて「ノー・プラン」を宣言するようなもので、やる気のない無意味な抱負でしかないわけ。「今年何月に行われるなんとかいうコンペでグランプリとってそれを武器に2年後はどこそこに就職だああああ!!」みたいな具体的なプラン立てて実行にうつしてるやつが実はあなたのすぐそばにいたりする、でしかもそいつはなに食わぬ顔で普通に飲み会とかにも来てバカやってたりする、そんな恐ろしい場所なんだよムサビは!!マジで怖いよ!!

だからおれも今年まじで今年、具体的ではないけど明確に目指してる目標がひとつあるんだよ!!!今年の前期のうちに叶えたい目標があんだよ!!

だからブログ書いてる場合じゃないんだまじで作業に戻りますおわり。

セントマの院に通ってる方にお話聞きました

こんにちは。化物語っていうアニメがめっちゃおもしろいです。ガストンです。
ロンドン留学最終日、セントマの院に通っている日本人の先輩にお話を伺う機会がありました。デ情の知り合いの先輩がセントマの院に通っていて、その先輩のお友達です。テキスタイルを学んでいる方とコミュニケーションデザインを学んでいる方です。KさんとCさんです。今日はそのお二人から聞いてためになった話を書きます。

・お金は自分じゃどうにもならない額だからプライド捨てて親に頼み込むべし
授業料とか生活費はどうされてますか?と聞いたら全部親に出してもらっている、とのこと。学生のうちにバイトして貯めれる額じゃないし、ムサビにいるんだからバイトに時間割いて院の授業料稼ぐぐらいならムサビの授業に集中した方が絶対いい、とのこと。Cさんは、はじめ院に行くことをお父さんに猛反対されていたそうなのですが、自分が院に行きたい理由をちゃんとした資料にまとめて見てもらい、院へ行くお金を出してくれることになったそうです。「親の同意を得ることが最初の面接だと思って超真剣にやった」そうです。なるほど確かに、自分の未来に投資してくれるかどうかが決まるわけですからまさに面接ですね。

・院行く前にやりたいことなんとなく決めて、それに近いことしてる院にいくべし
Cさんに、院と学部の違いはなんですか?と聞くと、学部は教えてもらうところで院は自分の研究をするところだ、と教えて頂きました。とは言っても、院に行ってもそこの授業や先生の考えが自分にあってなかったらそれはもうつまらないからそこはどこの院に行くか決める前によく調べた方がいい。留学じゃなくても旅行ついでにそこの先生になんとかコンタクトをとって話を聞いてもいいしそこの先生が出してる本を読むのでもいいしなんでもいい。もちろん場合によってはイギリス以外の国に自分のしたいことと似たことしてる学校があるかもしれないからその可能性も頭から外さない方がいい。

・セントマは箔がつくといえばつく
それからCさんがおっしゃってたのは、結局「どの院がいいか」は自分のやりたい研究と似てることをしてて、そこに関心を持てる先生がいて、自分の研究が全力でできるかどうか、なわけですが、その他にセントマを選ぶ理由があるとすればそれは「箔がつく」ということ。セントマの院を出た、といえば社会に出て色んな場面で「おおーっ」となるそうです。でも、それは掴みだけでポートフォリオなどで作品を見られたときに結局は実力勝負になる。「セントマを出たけど作品大したことない人」と「無名の大学出てるけどすごいの作ってる人」がいたら、後者のほうがそりゃあ魅力的な人材になるわけです。

・自分の研究がないと教授にはなれないんじゃないかしら
Cさんと僕の会話。教授。なりたいよね。うんなりたいかも。いいかも。でも教授ってどうすればなれるんだろう。自分の研究を持ってないと無理なんじゃないかしら。ただのベテランデザイナーが大学という場で客員教授ではなく教授として教える必要がありますか、ないでしょ。自分にしかできないことを持ってて、大学がそれを見て魅力的だなーうちの学生に教えてあげて欲しいなーと思ったら教授にお呼びする、って感じなんじゃない?へえー、まあ確かにムサビの教授は個性的な先生多くてそこがいいとも思いますなあ。うん確かにそうかも。

はい、まとめるとこんな感じです。Kさんが全く出てこなかったのは、途中からKさんが合流してくださってからは主に楽しい話をしていたためです。めっちゃ楽しかったです。Cさん、Kさん、ほんとうにありがとうございました\(^o^)/

セントマのショートコースで学んだこと

こんにちは。英語で「てゆうか」ってなんて言うんだろう、と思ったけどそもそもそういう概念(というよりもこう言ったほうが適切だなあいいかい今から訂正するよ、をひと言で頻繁に挟むという概念)が英語にはないのかな。ガストンでござんす。

セントマのグラフィックデザインフォービギナーという授業で学んだことを書きます。

「グラフィックでもパソコンでもなんでもラフスケッチにとどまらず手を使ってデザインすること大事だな〜」ということです。

グラフィックデザインフォービギナーは4日間で終わる授業だったんですが、「パソコンを一切使わずにグラフィックを学ぶ」というのが授業の主旨でした。映画のポスターや小冊子などを手で作りました。完成度は小学生の図工を彷彿とさせるひどいものでしたが、僕は久しぶりに手でフォントを書いて、絵を描いて、色を塗りました。完成度は僕含めどの生徒の作品も「図工レベル」で、パソコンを使えばもっとクオリティの高いものができたことは間違いありませんが、作る過程にこそこの授業で吸収できるものがありました。

それは、「手を使ってると、パソコン使ってるときとは脳みその違う部分が動いてるくさい」ということです。直感的な話ですが、明らかにいつも使ってない思考回路が使われていることを感じることができました。とはいっても、できあがった映画のポスターのレイアウトは、パソコンを使って作ったとしてもこうなるだろうな、と思うものでした。だから何も「手を使って作ってみたらいつもと違う発想ができた!!」なんてわかりやすい変化ではありませんでした。ただ、「うわあークオリティ低い〜」と思いつつも、なんとなく気持ちが良かったんです。そしてその「気持ちよさ」を続けたときに得られるものはデッサンと同じで、直接的に制作物に現れることのないスキルだと直感してます。森本千絵が雑誌の中で「空気感みたいなものを表現できないデザイナーが多い」と言っていたことを思い出しました。なんとなくここにつながっている気がするのです。

これからは脳みその、手を使ってるときにビビッと動く部分をもっと制作に使っていこうと思います。