月別アーカイブ: 2014年5月

本読んでより多くを得るための心がけ

こんにちは!劇団四季に入りたい。ガストンです!

いまディズニーの魔法っていう本読んでます。もともと本読むの遅くて最後まで読むのが苦手な僕ですが、今回はかなり楽しいし、読み進むのが速い。なんでなのか、よく考えてみた。

何を得るために読むのかがはっきりしてる

今まで本読むときは「面白そうだな」と思って読んでるだけでした。でも今回はそれに比べて、読む理由がはっきりしてるのが違うのかなと思う。僕は今美大の卒業制作の一環でディズニーアニメーションについて調べている。特にディズニーアニメの脚本の共通点とかを調べてる。だから読んでても、それに活かせそうなとこはしっかり読み、逆に活かせなさそうなところはじゃんじやん飛ばす。だから読むのがめちゃ速い。本に書いてある日本語を全部読む必要は全然ない。読んでて、「あ、なんかウォルト・ディズニーがお兄ちゃんと喧嘩した話が始まった。どうでもいいや」と思ったら、その段落全部さーっと読み飛ばす。「まだお兄ちゃんとの喧嘩の話をしているかどうか」だけを読み取ろうと思いながら読んだらその間は読むのめっちゃ速い。そういう風にしながらじゃんじゃん読み進める。そして、その本に飽きてしまう前に読み切るのが大事。

そもそも本読むときってみんなどうしてんの

そもそも本(小説以外の本)読む時っておもろいとこだけ読むのが当たり前な気がしてきた。だって頑張って面白くない章を全部読んだとしても、記憶に残らないもん。おれ今まで人生で読んだ本の中で面白かった話は何?って聞かれたら答えられるけど、面白くなかった話は何?って聞かれても答えられないもん。だからこれからも本読む時、常に「ここおもろい。読む。ここつまらん。飛ばす」のどっちかの状態でいたいなと思った。

何を得たくて読むのかとりあえず決めてから読めばいい気がする

これからは他の本読むときも、おれはこれを読んで何を得たいのか、を考えてから読もうと思う。そしたら読み飛ばす基準が見つかる。人工知能について書かれた本を読む時、漠然と「人工知能について知りたい」だけじゃなくて、「ぶっちゃけSF映画に出てくるようなロボットが人間を襲う的なことがどれくらいありうる話なのか、を知りたい」みたいにして読む。その本に載ってる文章量の20%くらいしか読まないぞ、ぐらいの気持で読み飛ばせばいいと思う。それでも目に止まった部分は、もし当初基準に定めたものと違ってもいいから読む。それで目に止まったってことはよほど面白いと思うとこだから。

まとめるとあれだ、今まで自分は途中で読むのをやめてしまった本が多すぎるから、途中で終わるくらいなら最初から30%しか読まないつもりでいいからすごい勢いで読み飛ばして最後まで読もうと思う。

僕がカレンダーアプリから手帳に変えた理由

こんにちは!つい最近ネットで大口を叩いて後に引けなくなりました!ガストンです!

皆さんカレンダーアプリ使ってますか?ちょっと前まで僕はガンガン使ってました。手帳?ハッ。今の時代に君はまだそんな紙にしがみついているのかい?かさばるし、ペンがないと書き込むこともできないし、なくしてしまえばおしまいじゃないか!僕?僕は当然カレンダーアプリで予定を管理しているよ!これならいつでもどこでもペンなしで書き込めて、ポケットからiPhoneを取り出せばすぐに確認できるし、万一iPhoneをなくしてもデータはクラウドに保管してあるから安心!これの便利さに気づかず「やっぱり紙でしょ」などというステレオタイプに縛り付けられていることの不自由さにいつまでも気づかない手帳族はなんて愚かななんだろう!と、思っていましたがやっぱ紙だわ(ドーーーン!!)そう思った経緯。

生きてるってなんだろう

いきなり悟りを開き出したサブタイトルですが、カレンダーアプリを使っているとだんだんそう思えてきました。どういうことかというと、もうね、便利すぎて、予定を頭にとどめないの。記憶装置の外部化が進みすぎて、例えば朝起きて昼の予定と夜の予定を確認する。昼の予定を終えた時もう夜の予定忘れてんの。また忘れた時確認すればいいから、覚えなくていいの。そしたらおれ覚えないタチなの。いつでもすぐに確認できる、っていう状況が、数時間後の予定を頭に留める努力を放棄するわけ。そしたらあたしさ・・・気づいた時にはもう、今日が何日なのかさえ、カレンダーを見なくちゃわからない人間になってたわ・・アプリを開かなきゃ、自分の今日の生き方さえわからない・・・カレンダーを利用しようと思ってたのに、気づけば自分が、カレンダーに使われてたのね・・・

手間が便利さを生む

そんな自分が嫌になったわ。そして思ったの。手帳を使えばいいんじゃないかって。可笑しいよね。でも本気だった。だって、手帳は確認するためにカバンから取り出さなくちゃいけないし、予定を書き込むのもアプリより面倒でしょ?そしたら、一度手帳を開いた時に、今日一日の予定を頑張って把握しようとするんじゃないかと思ったの。これは本当に、そうなったわ。皮肉なものね。手間を省きたくて便利なものを使っていたはずが、本当は手間をかけた方がかえって便利だったなんて・・・
手帳「お嬢さん・・」

画面と紙面の根本的な違い

デバイス「裏切ったな・・・」

お嬢さん「デバイス・・・!」

デバイス「おれはあんたを信じてた・・・何ヶ月も先までおれに予定を入力するあんたは、これからもずっとおれのそばにいてくれると思ってた・・・」

お嬢さん「違うのデバイス!」

デバイス「違うもんか!手間がかえって便利だと・・・!?ふざけるな!そんなバカな話・・・!あってたまるか!!」
お嬢さん「理由は他にもあるわ」

デバイス「なっ!?」

お嬢さん「近年、ある学者が、紙面と画面から目に伝わる光と、それに関する注意力の違いについて発表したわ。それによると、紙面上の情報は蛍光灯などの光が反射して目に入るのに対し、画面に映った情報は画面そのものから発せられる光がそのまま目に入っているわ。この二つで、視覚から伝わった情報を処理する際に使っている脳の部分が違っていて、紙面の情報を処理する時だけ、脳が『疑いモード』になるそうなの。ポスターなんかを作った時、印刷してから文字の間違いに気づくのもこれが原因よ。参考リンクはこちらよ。だからねデバイス。あなたが悪いんじゃない。私の脳が悪いの。許して・・・」

デバイス「お嬢さん・・・すまねえ。あっしはそんなことも知らねえで・・・あっしは!あっしは・・・!」

お嬢さん「いいのよもう・・・あなたが紙のような反射光ではなく、透過光ディスプレイを採用している限りこれはどうしようもないことなの。あなたはあなたのできることをすればいい」

デバイス「お嬢さん・・・!」

手帳「おやお嬢さん、今度反射光ディスプレイが発売されるみたいですぜ」

お嬢さん「あら乗り換えようかしら」

デバイス「貴様ーーーー!!!!」

webデザイナーの残業について

こんにちは!上から水滴が落ちてくるのはいいけど横から来るのはまじでクソコラちくしょう雨嫌い!ガストンです!

こないだ見たブラック・プレジデントっていうドラマで、主人公であるブラック企業の社長が「たらたら仕事したせいで発生した残業時間に給料が出るのはおかしい!」と言ってました。まあそうだよな、と思った、とだけ書くと反感を買いそうなので、なんでそう思ったかを書いてみます。

そもそもなんで残業するか

僕は今web制作会社でアシスタントデザイナーとしてバイトしてます。たまに残業がありますが、バイトなので長くても1時間ほどしか残業ありません。先輩方は終電近くまで残ったり、日によっては徹夜もあるそうです。僕がいつ残業するかというと、一日のノルマを定時までに終えられなかった時です。ノルマが終わるまで残業します。そのノルマというのは、大体昼間に与えられて、「今日中にできる?」と聞かれ「はい」と答えたものです。空気的にYesと言わなきゃいけないなんてこともないです。ただ、実際は、「はい!多分できます!というか頑張ります!というか先輩に褒められたいのでやってのけて見せます!」という気持ちです。そして間に合わず残業してます(ドーン!!!)

で、言わずもがなそのノルマっていうのは先輩なら余裕で定時までに終わらせられる分量なわけです。つまり僕がまだ未熟だから残業する羽目になってるわけです。それで残業代がもらえてしまうので、時々罪悪感さえちょっぴり感じます(ちょっぴりね。残業代はほしい←)。そして、その先輩が僕より3歳年上だとすると、僕はweb業界で生きていきたければ3年以内に先輩レベルまで達しないといけないわけです。web業界は変化が激しいのでもしかしたら2年でそうならないといけないかもしれません。つまり今のうちから「先輩レベルのノルマを定時に終わらせる」のを自分のノルマにしなきゃいかんわけです。「おれまだ先輩レベルじゃないから先輩レベルのノルマ課されるのオカシイヨ。おれでも定時までに終わらせられる分量ヨコセヨ」って言ってたら2年後もなんも成長してないと思うわけです。常に成長し続けるのは当たり前だと思います。だって新卒採用というものがそもそも、「会社に入ってから必要になる専門知識が全くない人を採用する」ということなんですから。

そもそも働くってどういうことか

そもそもね、働いたらお金がもらえるシステムを築き上げた昔の人たちは偉いです。だってそれ普通じゃないもん。例えば僕はある日webのバイトで、丸一日画像の加工だけやっていた。それでも一日分の給料もらえるわけですよ。おかしくない?だっておれフォトショ使って写真の明るさ変えたりトリミングしたりしただけだよ?おれが誰の役になったのか、どんな価値を生んだのかさっぱりわかりません。じゃあなぜおれは一日分の給料をもらえるのか。それは、他の誰かがその画像をサイトに載せて、また別の誰かがそのサイトを見て、その企業の商品に魅力を感じ、買い、その企業が儲かり、web会社に感謝しお金を払い、web会社の経理の人がそこから給料分を僕に渡してくれるからです。で、それを僕が待ってたら僕が画像を加工してから給料を貰うまでに何ヶ月もかかるので、毎月決まった額をもらうシステムになってるわけです。だから僕は心して時給以上の働きをしなきゃいけないわけです。

つまり元をたどれば、「疲れたら・手を動かしたら・やることやったら」お金がもらえるのが当たり前なんじゃない。「価値を産んだら」お金をもらえるのが当たり前なんです。で、「働く」というのは「価値を生むこと」です。大学卒業までは宿題さえやってれば「君の人生それでおっけー」と言われてきた。でも就職したら、職種によっては与えられた仕事以上の働きができるのが当たり前、ということがありうる。これさえやってりゃオッケー、という考え自体、安定してる国にしか存在しないはず。

そもそも職として目指すところがあるかどうか

もっと言うと、世の中の「あそこブラック企業らしいよやべえ」という意見の90%が他人事だと思います。で、当事者は、自分が勤める会社がブラックかどうかよりも「自分がその業界でどこまで上り詰めたいのか・そのためにどれくらい働けばいいのか」を考えるべきだと思う。僕はデザイナーになりたい。ずっとアシスタントデザイナーは嫌だ。そのためにどうすればいいか考える。webデザインのスキルを上げるためにすべきことや練習方法を考えて実践している。就職後は就業後や土日にそれをやらなくちゃいけない。もはや残業ダリィとかいうレベルじゃない。自主制作に熱中する美大生に労働基準法は存在しない。でも社会には存在している。社長はこれを無視するわけにはいかない。無視できるのは、自主的に、自分のスキルアップのために残業する社員だけ。

はあー。もちろん人生において仕事そのものは一部に過ぎないわけですが。