月別アーカイブ: 2014年5月

うまい喋りは星座を描く

こんにちは! ターゲットっていう英単語帳のアプリにハマってますが僕の経験からものを言わせてもらうと多分1週間と続きません!ガストンです!

また喋りネタ。人前で(内容的に)面白い話をするためのコツ。星座の話は実は大学教授のウケウリですが、とても共感したので紹介します。さて上手い喋りに必要なものは何でしょう?その一つに伏線回収というのがあります。

伏線回収と星座

伏線回収というのは喋ってる最中に、数分前に話した内容が再び登場することです。「さっき話した○○みたいに」、「つまり○○ってこういうこと」、「はいこれがさっき言ってた○○とつながるわけですねー!」などです。気持ちいいやつ。ただ、このように一直線上で「巻き戻し」が完結されてるだけだと、ただの伏線回収です。これの延長線上・進化版が「星座を描く」です。

星座とは、つまり図的な伏線回収です。例えば、「Aっていうことがある。あとBという経験をしました。ちなみに最近はCという流れがあります。これらは関係ないと思いきやよーく考えてみると実はこういう共通項があるんだよ」みたいな話をした時、相手の頭の中には三角形の図が描かれるはずです。これが星座です。

ストーリー(時間軸)の重要性

人がそもそも物事を理解するプロセスには必ず時間軸があります。「火は熱い」ということを理解する時、1.火を触る。2.熱い!という体験が必要です。この時重要なのは「触るとどうなるんだろう?」という疑問です。僕が中学生だった頃、歴史の先生がこれを上手く活かした授業をしていました。「このA民族はこれだけの武力があってここまで繁栄してますが、西暦○○年、B民族に領土を乗っ取られてしまいます。なぜでしょうか?続きは次の授業で。」といった具合です。こんなもん気になって気になって予習しちゃいます。

これに対してよくある歴史の授業は全くつまらないのはご存知の通りです。つまり、疑問を抱くことなく時間軸に忠実にこうなってこうなった。と言うだけ。頭に入ってこない。これはやめましょう。なぜ?という疑問を相手に与えてスッキリ!体験を与えましょう。さらにその時、要素が3つ以上相互に関係すると相手の頭には図が描かれて、スッキリ!体験は倍増します。

より強く記憶に残せる

スッキリ!体験がある喋りは人の頭に長く残ります。そもそもプレゼンなどの人に何かを伝える場では、こういった「頭に残す工夫」は喋りの内容そのものと同等の重要性があると思います。例えば日本語を勉強中の外国人が「いってらっしゃい」を「バイバイ」と同じ意味だと誤解して、友達とさよならするときに「いってらっしゃい」を使い続け半年経つとします。気付いたとき、恥ずかしさのあまりその言葉は脳裏に焼きつき、もう二度と間違えないでしょう。恥ずかしい!やスッキリ!や、熱い!などの感情が理解に繋がるのです。

いいもの作るだけは飽きた

こんにちは。やべえなんもやる気しねえ。ガストンです。

僕は大学のパフォーマンスサークル(epa!)を4回、演劇サークル(劇むさ)を1回、オープンキャンパス制作委員会を2回経験してきました。大勢(20人以上)でひとつのもの(イベント)作るという経験についての話です。時には演出という人に指示を出す立場も経験しました。そして今はパフォーマンスサークルの後輩に、練習はこうしたらいいよとか、組織にいい空気を作るにはこうしたらいいよとかアドバイスしてます。でもね、いい舞台を作ろう!がんばろう!って単純に頑張るのもう飽きた。というかそれだけじゃ我慢できなくなってきました。

ものを作る全過程

みんなで「いいもの作ろう!」ってなって制作する全過程をバーっと言うとね。ステップ1.数人の企画メンバーが企画を立ち上げて人集める。ステップ2.人が集まってものを作り始める。ステップ3.後半、「このままで良い物作れると思いますか?」みたいな深刻な会議が開かれたりして一部が修羅場と化す。ステップ4.なんだかんだ言って全部終わる。打ち上げ。反省会。ステップ5.次回もやりたいという人が残る。で、ステップ1へ戻って繰り返す。はっきり言って半年や1年かけてもの作るっていう大掛かりなことでさえ、何回もやってるとこと大体どんな感じになるかわかってくる。先が見えてくる。この流れが不満だ。どんなにつまらないもの作っても「よかったよかったみんな頑張った」ってなる。どんなにいいもの作っても「あそこをもうちょっとああやればもっとよくなったのに」ってなる。公演アンケートには「よかった」と書いてくれるお客さんが大半。団体のOB・OGの方々が好き勝手言ってもっとこうした方がいいんじゃないかとか書いてる。キリがない。みんな「いいものを作ろうとする」ことだけやればいいと思ってる。そこから抜け出せてない。

具体的な目標がないと自己満足に終わる

要は、「いいもの作ろう」なんていう抽象的な目標だと、最終ゴールは結局のところ自己満足になっちゃう。学生が集まってお金を出し合って誰に頼まれたわけでもないのに自主的に舞台作ってる。そこには団体の具体的な目標ーーー例えば、前回は入場者数が2000人だったから今回は入場者数2300人を目標に頑張ろう!などーーーがない。epa!も劇むさもオープンキャンパス委員会も、そういう具体的な数字の目標をかかげてはいなかった。だが実際、自分が上に立って演出をやった時はそこまで手が回らなかった。悔しい。

3-5年間計画を立ててやりたい

今思うのは、「いいもの作ろう!」って言ってものを作るんじゃなくて、企業がやってるようなことをやりたい。利益を最大にすることを第一に考え、過去すべてのデータを睨みながら今回はどれくらいの数字を目標に掲げるかとか考えたい。で、例えば入場者数こんだけを目標にしてやるぞ!ってやったなら、その数字を超えられなかったらどんなにアンケートに「よかった」と書かれたところで、結果を「失敗」だと受け止める。それくらいの環境でものを作りたい。成功、失敗をはっきりさせたい。それが出来ないのは要は、epa!も劇むさもオーキャンも、参加する学生の多くが「これでおしまい」だから。成功、失敗をはっきりさせてもし失敗になったとき、次参加しない人が報われないから。これが企業だと違う。大人の彼らは自分の会社に数年間確実にいる。epa!を5年間毎年やると約束されるようなもんだ。そうともなれば最初の1,2年は練習期間だ。5年目には意地でも「成功」させたいと熱くなるだろう。それが学生団体だと到底できない。

何年間も見据えた組織のマネジメントがやりたい。epa!も劇むさも、公演日時が決まってて公演回数が決まってて満員御礼になったところで見てくれるお客さんの人数やチケット売り上げの限界は見えてる。さらにそれらを過去公演の業績と比較してどうだったっていうデータをepa!も劇むさも持っていない。というか比較したところで「考えられる最大の売上」が小さいからあまり意味がない。ここ5年間、入場者数は右肩上がりで5年前と比べると今年は倍近いです、なんてこと絶対にない。さしずめ展示室に入る客席数は限界があり、毎年似通ったキャパになり、チケット売り上げは60%〜100%の範囲でどれくらいか、という結果になる。オーキャンや卒業委員会、もっと言うなら広報入学センターで仕事をしたときもーーー自分は広報入学センターに一時的に雇われてオープンキャンパスのwebを作ったことがあるがーーー過去数年分の入場者数のデータと今年の入場者数目標などは上から降りてこない。もともと何のためにこのイベントをしているのか、どれくらいがノルマで、今後どれくらいの数字を叩きだして行きたいのか。そのためにこうすればいい、といった引継ぎ資料はないのか、などなど。広報入学センターでwebの仕事をしながら、もっと企画段階から関われたら色々貢献できたのに、というかディレクションやりたい・・・と思ったりしていました・・・

ものづくりのグループワークにおいて、チケットがどれくらい売れたか、どれくらいの人が来てくれたか、についてこだわってガミガミ言ってると、仲間から少し温度の低い目で見られた経験が何度かありますが、自分たちどれくらいの利益・価値を出せているかを、自己評価や身内での評価だけでなく、具体的な数字でも把握すること社会に出たら非常に重要、というか常識だと思うんですがみなさんどうすか。これからも「いいもの」を作り続けますか?

アナ雪分析ネタバレあり

こんにちは!こないだディズニー好きの友達に、「アナ雪何回見た?」と聞かれ「2回」と答えたガストンです。

今回はアナ雪のネタバレしまくりながら(あとラプンツェル、美女と野獣のネタバレもあり)ストーリーを分析してみます。というか、僕はアナ雪のストーリーがイマイチだなあと思っているのですが、それがなぜなのか、を考えてみます

1.冒険がしょぼい

一番納得できなかったのは、エルサが創り上げるお城のしょぼさ。きれいだし、造られてるミュージカルシーンはゲロヤバ感動もんです。ただ、あのお城には歴史と中身と必然性が足りない。ディズニー作品にはよくお城が出て来ますが、そのどれもが物語上で大きな役割を持っています。美女と野獣では魔法で物にされた召使いたちがいるし、シンデレラでは物語の大半がお城の中の出来事を描いてる。お城が出てきたら、見てるこっちは、そのお城の場所としての重要性や、お城の中で起きるお城の中でこその出来事を期待するわけです。でもそれがアナ雪のお城には足りない。まず一瞬で作ってるから歴史がない。雪と氷で作られた召使いはほとんどいない。さらに極、お城までの道のりが(冒険要素)があまり長くない。アナとクリストフがお城に着く。いよいよエルサとの再開だ。お城にお邪魔します。エルサいました。お話しします。・・・っておいまじか。普通やん!雪山超えてたどり着いて玄関でなんかイベントないんかい!エルサ普通に出てくるんかい!思った通りの会話かい!もうなんか分析やのうて愚痴になってまいました。とにかく、お城の役割の濃さが、お城の外見のインパクトを超えてないという印象。

サブキャラにサブキャラの物語がない

サブキャラが上手く活かせてないな、という印象。サブキャラは、メインキャラの物語に花を添える存在ですが、最近のディズニー作品は洗練されてて、サブキャラにはサブキャラの物語があるようになってます。塔の上のラプンツェルに出てきた賞金稼ぎの男たちは、ラプンツェルに夢の大切さを思いださされ、最後にはお城の夢が叶っています。アナ雪で気になったサブキャラはトロール。ミュージカルシーンさえあるのに、その内容もアナとクリストフが結ばれる伏線(と思わせる)くらいしか役割がなく、しかもその直後の展開(アナの心に刺さった魔法のトゲを治す)と直結しないため、「なんだったんだろう」と思ってしまう。物語の最後にもう一度出るでもなく、物語全体を見たときに存在感が不完全燃焼している気がする。

メッセージの伝え方がやや不自然

ラストシーン、アナとクリストフと、エルサとハンスが吹雪の中で出会う。あれまじか。吹雪で視界が悪い中、2人のキャラクターが出会得るのまではいい。物語にはよくある話。でも4人てまじか。なんか無理矢理集めた感じがしてしまった。で、そこからのディズニー映画初の「兄弟愛オチ」。それ自体は新しくていいが、その見せ方が微妙。エルサが「自分で気づいて」魔法が溶けるんですよ。気づいて、頭で理解して、魔法が溶けるプロセスがすこしもたついている。エルサが「そっか愛かー!なるほどねー!」って理解してるのがなんかなえた(実際はそんなセリフないけど)。とにかく素敵なきっかけが欲しい。美女と野獣ではベルの「愛してるわ・・・」というセリフがきっかけ。ラプンツェルではラプンツェルの涙がきっかけ。そういった素敵なきっかけで氷ついたアナや国中の雪が溶けたらもうバツグンによかった。

はい。以上分析というか個人的な感想になってしまいました。もうちょっと素敵な比較調査とかできるよう精進します。