月別アーカイブ: 2014年9月

説教まじりの斜め回答はしないと心に決めたあの日

こんにちは!腹巻きが今欲しい!今!今使って家帰ったら置き場所に困るから捨てたい!つまり腹巻きをレンタルしたい!ガストンです。

こないだサーフィンスクール行ってきました。楽しかったです。はいサーフィンの下り終わりね。

そこの店員のおっちゃんに、「トンネルみたいになってる大きい波に乗れるようになるのにだいたい何年くらいかかりますか?」って質問したときに説教まじりの斜め回答をされ、なんか人生について語り始められ、ためになる部分もありそうでない部分もあり繰り返し言ってる部分もあり総合点はマイナス20(←何様)だったので、それについて思ったこと。
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若者の時代

こんにちは!つり革が綺麗に頭に載っています!楽しい!ガストンです!

ハイ・コンセプトっていう経済学の本を読んでます。これからはこういうスキル持ってる人が生き抜いていける、とかそういうこと書いてる。目次見る限りでは割といままで何度もいろんなとこで聞いた話だ。論理ではなく共感だとか、個人ではなくコミュニティだとか。サラリーマンはロボットに取って代わられてこれからはクリエイティブができる人の時代だ、とか。まあその辺全然聞いたこともない、という人はぜひこの本読めばいいと思う。で、今日は、そういうのって要は要約すれば「若者の時代」と言えるんではないかという話。

若者はそんなの言われなくてもわかってる

個人ではなくコミュニティをターゲットに広告(キャンペーン)を打て、というのは僕がバイトしてるWEB制作会社でも言ってる。ほんまその通りやと思う。あと、通販ではこれからはマジで口コミが重要だ、とかも前にテレビで言ってた。これもコミュニティってことにつながる。要は「みんなが話題にするなら間違いない」って話。こんなん若者はみーーーんな思ってる。当たり前。みんな、広告の言葉なんか何年も前から信じてない。どんなに「この商品はマジでいいよ」って作ってる会社に言われても、「そりゃお前らは売れれば嬉しいわけだからそう言うわな」と思う。でも友達が「あの商品はマジでいいよ」といえばそれは信じる。だって友達はそんなことしても一文の得もないもの。利益なき広告は超信じられる。

例えば、おれ大学1年のときに、「一人暮らしに役立つ豆知識」みたいな記事読んだ。ゴキブリ退治はこうするといいよ!とか、自炊はこうするといいよ!みたいな一人暮らしの日常生活に関するオススメ事項がたくさん並んでるの。その中で「シリコンスチーマー」っていうキッチン用品を激押ししてて、その文読んで「買うしかねえ!」と思い、即買いした。すぐ飽きて使わなくなったけど。あの記事をおれが信じきっちゃった理由は、「キッチンだけに関することではなく一人暮らし全般のこと」を書いてたことに尽きる。

体験を売れ、は突き詰めるとこういうことよ

あのね、もしあの記事が「一人暮らしの料理に役立つ豆知識」ってタイトルでキッチンに関することしか書いてなかったらどうよ。読んでる途中で「うーん無理あるなあ。そもそもこの記事書いた人は『ぶっちゃけ一人暮らしのキッチンに関することなんて一記事分の文章量埋めるほどそんなにないけど、まあがんばって字数稼ぐためにそんなに重要じゃないことでも重要ぽく書いとくか』みたいなこと考えながら書いてるんじゃないかなあ」とか思うよね。ていうかこの世の「誰かに書かされた文章」のほとんどは「重要じゃないことを重要ぽく」書いてるよね。そんなの若者はみんな知ってる。でも最初の「一人暮らし全般に役立つ記事」はどうよ。個人が適当に書いてるブログだってのもあるけどそれだけじゃない。あのブログを信じちゃう理由は3つある。

1.商品の紹介だけじゃない
「これはこうした方がいいよ。で、その際役立つのがこの商品!」みたいに、最終的に商品買わせようとするんじゃなくて、いやそれをやる部分もあるんだけど(シリコンスチーマーみたいに)、「これはこうした方がいいよ。しかも割り箸さえあればできるよ!」みたいに、だれの家にでもあるものでできちゃうような、最終的に商品買わせようとしてない部分もある。これがミックスされてることがめちゃくそ信じられる理由となる。要はあれよ、「伊藤家の食卓」的な裏技も載ってるの。これがいい。「こいつ会社の回し者か!」ってならずに済む。

2.言葉が若者
「マジでオススメ」とか言われたらほんとにいいのかな、とか思っちゃう。もちろん、使い方が大事。ここぞというときに「マジで」とか言われるとヤバイ。それも信憑性ある話で使われるとイイ。とにかく「この人の感覚は自分と似てる」と思わせると勝ち。言葉がダイレクトに読み手に伝わる。そもそも、「一方通行の広告ではなく相互に行き来する感じの、顧客とコミュニケーションとってる感じの(インタラクティブな)広告がこれからはキテルよ!」とかよく聞くけど、これの本質は「広告の言葉が信じられないから」というところにあるとおれは思っていて、結局、ロボットみたいに「コノショウヒンハイイデス」って言うんじゃなくて、心のある人間に「これマジでいいよ!」って言ってほしいだけなんだよ若者たちは。心ある人間は使えない商品をゲキオシしたりしない。まあ結局企業は「使えない商品をゲキオシせざるを得ない」からロボットにならざるを得ないんだけどね。

3.ゴールがユーザー目線
最後にこれ。クソ大事。要は、さっきの一人暮らし役立ち記事は、「一人暮らし」っていう括り方をしたことが一番の勝因なわけ。この絶妙でユーザー目線な括り方。もし「一人暮らしの料理に使えるキッチン用品」って括り方だと「えーうそー。そもそも一人暮らしに必要なキッチン用品なんてそんなないんじゃはいの。」と疑ってしまうし、「大学生の生活に関する豆知識」だと幅が広すぎて「それおれには関係ない話やないか」って部分が文章のどっかに入ってしまうかもしれん。要は、一人暮らししてる若者はホームセンターとか行ってキッチン用品の棚に「一人暮らしにぴったり!」とかいうタグを見て、「これがほんまかどうか誰か教えて。なんならその他もろもろの一人暮らしに役立つこと全部教えて」と思ってるわけよ。さらに、一人暮らしに関すること全部となると、結構幅広いよな。でも世の中の大半を占める「大事じゃないことを大事ぽく書いてる嘘記事」に飽き飽きしてる若者は「正直、一人暮らしに役立つ豆知識なんてマジで役立つものに絞れば一記事に収まるでしょ」と思ってるわけ。だからピッタリ。

以上。体験を売れ、ってのは突き詰めるとこういうわけよ。わかる?「ユーザーエクスペリエンス」とか「共感が大事」とか「ブランディングが大事」とかの本から学んだビジネス用語をそのまま言うことしかできないサラリーマンがまず生き残っていけない理由がここにある。全然共感できてない。共感ってどういうことかわかってない。「若者が何考えてるか」を考えてるだけで「マジで」の使い方なんて全然わかってない。それじゃあだめさね。ダメダメさね。

最後に、この文章を最後まで読んでしまったあなたは完全に僕の「読ませる力」にしてやられてしまっているので、この文章内の「マジで」とか「ヤバイ」とか、砕けた言葉遣いとか、一見語彙足りない感じをわざとわるスキルとかを勉強すればいいと思う。

団体を利用しなさい

こんにちは!てぶらにはまってます!ガストンです!

もうね、おまえらなんにもわかってない。死ぬほどわかってない。epa!とか劇むさとかオーキャンとかとにかく学生主体で動いてる団体に所属する際に「利用されて終わらない」ように気をつけてない学生が多すぎて残念すぎる。自分の学生生活をなんだと思ってるんだ。「この団体にとって少しでも力になれるよう頑張ります」とか意識低いこと言ってる君、ちょっとそこ座れ。

そもそも学生団体はあなたが利用するべき

何のためにサークルなり団体なりに所属してるんですか。自分がその団体に入っていい経験をするためでしょう。例えばここにepa!っていう芸祭で舞台やるサークルがあるとするだろ。君はそこに入って、思ったより周りの人のやる気が低すぎるわ、上の人の段取りが悪すぎるわ、みんな遅刻してくるわ期限守らないわバイトだからって帰りやがるわで君はイライラするとするだろ。先輩を見ていても「先輩たち頼れなさすぎるおれに演出やらせろマジで」って思うとするだろ。でも真面目な君はこう考える。「今まで何年も続いてきた団体なんだから自分が空気を壊してはいけない。自分が団体に馴染めるように努力しなければいけない」と。完全に間違い。100%間違い。間違ってる君がどういう行く末をたどるか教えてやる。君はイライラを抑えながら本番を迎える。満足いかないところは多々あれど芸祭の本番はなんとか無事終わる。団体は一旦解散して君は晴れて自由の身になる。翌年は学科の専攻に力を注ごうとするも君がサークルに費やした半年はもうどうやっても戻ってこない。君は時間を浪費したにすぎない。さらに君が団体のためを思って壊さなかった空気は濁った色に染まり周りに伝染し負の連鎖を生み出し、不完全燃焼で本番を終えた全員が翌年団体を抜け、団体は結局人手不足に苦しむ。

よいかイガラム。団体とは人なのだ。上の人は常にイライラし、下の人は言いたいことがろくに言えないような団体は既に死んでいるも同然だ。その状態を打破するためのたったひとつの打開策が「全員が言いたいこと言うこと」だ。イライラをためる前に全部吐き出すんだよ。それだけが打開策だ。そのいい例を話す。おれは2年前epa!という舞台作るサークルの演出をやっていた。周りの企画部の大半がおれの演出に不満だった。不満を持つ人たちが結託し、「ガストンを演出担当から引きずり下ろす会」を開きやがった。「今の演出が不満だから演出をやりたい人は演出案を持ち寄ってコンペ開いて投票制にして演出担当を決め直そう」となった。意味わかんなくない!?演出担当やりたい人がもともとおれしかいなかったからおれになったんだよ!?その時点で一回みんな同意したんだよ!?そんでおれがいざ演出書いてみたらそれが気に食わないから演出コンペてどういうわけじゃボケェとか思いながらそんなことは一言も漏らさずに黙ってコンペに参加して見事勝ち抜いて演出担当の座を死守しましたよおれすごい。おれを演出から引きずり降ろそうとしてた数名は後日epa!を辞めていきましたよ。「ガストンの演出では舞台をやりたくない」つってな。だったら最初からコンペなんか開かずに辞めろよと思うけど、彼らはコンペを開いた。だってそりゃそうだよね。それに勝って演出をやれれば、80人のスタッフの制作力と、参加費から生まれた予算300万円を自分のやりたい舞台のために使えるんだもんよ。こんな贅沢は美大でもなかなかできない。彼らはコンペを開いて当然だ。もちろん、その賭けに負けたらすっごく辛い。というか賭けに出る時点でかなり気まずい。友達を演出から引きずり降ろすわけだから。言っとくけどコンペを企画した反・ガストン勢はみんな1年前は一緒にepa!をやって「おれたちマジ家族」みたいな仲の良さだったんだよ?でも彼らは制作力と予算という「舞台をやるための環境」欲しさにおれを引きずり降ろそうとしたわけだ。わかる?臆病な君らだったらそんなことできないでしょ。団体に戦争を仕掛けてまで「やりたいことやる」を貫けないでしょ。もちろん、一年生のうちはそんなこと考えなくていい。おれだってepa!1年のときはおとなしくしてた。「この団体を全力で利用するのは来年だ」と思いながら時期を待ってた。2,3年で初めて団体に入った君。君はもうその団体がぐちゃぐちゃになってもいいから好きなようにやりなさい。逆に君がぐちゃぐちゃにしなかったら音もなくその団体は崩れていくと思いなさい。2年前のepa!だって、もし彼らが決死の思いでコンペを開かずにガストンの演出に不満を抱いたまま続けていたらきっと駄作になっていた。そういう戦争やぶつかり合いはいいものを作る上で必要不可欠なんだ。それを恐れて「空気」を尊重していたらドツボにはまっていくだけだ。そんなのは制作ではない。

3年生の友達が「自分が言いたいことを全部言って空気をズタズタにしたらその団体は完全に沈没して翌年続かなくなってしまうのではないかと思う。自分は今回の芸祭でしか参加しないのにそんなことをしてはいけないと思う」と言っていたのでそれは違うぞと言ってやった。団体の所属歴が長いかどうかに関わらず、スタッフ一人ひとりが言いたいことを言えない空気があるならそれはもうその時点でその団体は病んでいる。治すには君が爆弾を投下するしかないんだ。君は貴重な大学生活の半年もの時間を他人のために投げ捨てるというのか。言っとくけどepa!も他の団体も、君が社会に出て5年もたったらもう思い出でしかないんだよ?ぶっちゃけ続くかどうかなんて君にとって本当はどうでもよくない?美大って何するとこなの?君が成長する場所でしょ。美大のあらゆる施設、教授、学友、課外活動、サークルが君一人の成長のために存在しているんだと考えるべきだ。自分にとって本当に不毛だと思った活動は周りに迷惑をかけてでも途中で抜けてしまえばいい。

学生団体に利用されるな。利用しろ。つまらないと思ったらすぐに抜けろ。でもほいほいすぐにどんな団体も抜けるようなやつはろくなやつにならないから、そこを本当はぐっとこらえた方がいい。自分が団体を変えろ。必要なら演出を引きずり下ろせ。

結局動けるやつが中心になる

あとこれだけ言わせて。役職とか死ぬほど関係ないんすよ。役者だから服飾に意見言ったらいけないなんて誰が決めたんすか。パフォーマンス班だから音響に文句つけちゃいけないなんて誰が決めたの。文句つければいいんだよ。パフォーマンス班のおまえには音響班に「もっとこうしろよ」って言う権利があるし、それを言われた音響班の君には「うっせー黙れ」って言う権利があるんだよ。音響班が先輩にチクった場合、その先輩には「パフォーマンス班が音響に意見がある場合は一回演出を通す必要があるよ」って言う権利があれば、それを言われたパフォーマンス班のおまえには、その先輩の意見をねじ伏せてくれそうな他の先輩に相談をして見方につけるって手もあるんだよ。そうやって裏で色々やるとかね。いくらでも現状を変える方法はあるんだよ。2年前にあいつらがおれを演出から引きずり降ろそうとしたように。

あのね、団体は大体、企画部(偉い人たち)とそれ以外に分けられるでしょ。企画部には「おれに仕切らせろ」みたいな人が集まって、それ以外のとこには「手だけ動かしてものさえ作れればいいです。指示下さい」みたいな人が集まるでしょ。でね、ここ大事なんだけどね、「おれに仕切らせろ」って言ってる人が、「指示待ち」の人たちにうまく指示出せる確率、っていうのはもはや0に近いの。たくさんのグループワークを見てきたけどそんな指示出すの上手い人間はムサビに一人もいない。マジでいない。ほんとにいない。嘘じゃない。指示出しの人たちはまじでみんな、全員、指示待ちの人たちが「扱いづらい人(意見めっちゃいう人)」になってくれることを切に願っているんだ。とにかく仕切るのは不安なんだ。だから指示待ちの人たちはどんどん意見を言っていい。もし言い過ぎたら指示出しの人には「うるさい演出でもないやつは黙ってろ」って言う権利があるんだから恐れなくていい。逆に「うっせー黙ってろ」って言えない臆病者は指示出し人間になるな。役職に縛られて言われたことだけしかできない「便利なだけの」人が集まったところでいいものは出来ない。企画や演出に首を突っ込んでくる「扱いづらい奴」が増えれば増えるほど、団体内での意見交換が増え、生産的な喧嘩が増え、生産的な戦争が増え、いいものができる。

で、結局、できるやつができることをするように収まるんすよ。会議進めるのが抜群に得意な人っているでしょ。例えばガストンとかはもうめっちゃ得意なんだけどね。例えば会議で「会議進める人」とか最初に決めるんだけど、結局「進めるのうまい人」が気づいたら進行役してたりするでしょ。そういうもんなのよ。結局ガストンが仕切りだしたら周りも「まあいっか」ってなるのよ。おれデ情の卒制委員会の委員長やってるけどね。つまり会議の進行して、みんなが締め切り守れるようにケツ叩いて、無事卒制展が開かれることに責任を持つ人、をやってるけどね。俺以外デ情の同期の誰にも負けない自信あるもん。おれしか絶対できないもんね。仮に卒制委員長をおれ以外の誰かがやったところで、「気づいたら会議進めるのが実質得意な人が会議進めてた」みたいな感じで実質的に委員長やれちゃう自信ある。そういう「気づいたら乗っ取ってた」みたいなことは実際にある。舞台つくるサークルで演出担当が一人いる。この人は例えば舞台班のあるスタッフAくんととても意見が合う。実はそのAくんはしょっちゅう演出担当から演出の相談を受けてた。Aくんはいい演出案をポンポン出してくれるのだ。演出担当はそれを自分が考えた演出案としてみんなに伝える。それは手柄を横取り、とかではなく仕方がないことだとAくんも了承の上だ。Aくんが考えた演出だとみんなに言えば「なんでAが演出やってんだよ」ってことになって信頼をなくし、みんなの士気が下がるから。そうしてAくんは舞台班をやりながら見事演出に関与することができる、というわけだ、いいかいこのようにして世の中の「上層部の嘘」というのは積み上げられていくんだよ。「みんなのためにつく生産的な嘘」というものはマジでこの世にあるんだよ。ありまくりなんだよ。もはや当然なんだよ。

あのね、ごめん言いたいこと増えてきた。最後にこれだけ言わせて。バイトだから帰りますほんとごめん、って申し訳無さそうに言う人いるでしょ。まあそりゃよくあることだよね。でもその中にはたまに、結局のところ「みんなに嫌われずに最小限の参加率で終わろうとする」やつがいるのよ。そういうのはまじでソッコーで見切りつけた方がいい。無理して「みんなで作った感」演出しようと努力しなくていいからすぐ見捨てなさい。いやいやよくあることさね。おれもやる気出ないグループワークでやっちまったことあるさね。多分誰しも一回や二回はある。だからそういう「こいつ参加率悪いな、やる気ないんじゃないの」と思える仲間は早々に見切りをつけて、「彼がこの調子であんまり参加してくれなくてもいいもの作れるようなスケジューリング」をあなたが組みなさい。「あいつが参加せんかったからおれらのグループの成果が悪い」だなんて恥ずかしい言い訳はするな。「あいつ」が参加するやつなのかどうかを見極められなかったあなたが悪い。というか誰が悪いかどうかを気にしている時点であなたもホントはやる気がないということ。やる気があるなら「誰が悪いか」よりも「この状況下でどういいものつくるか」を考えるはず。

久しぶりに言いたいことめっちゃ言ったわ。まあとにかく、団体に食われるな。団体を食え。遠慮するな。自分が環境を変えろ。やれることは死ぬほどある。